インターハイに向けて練習に励むサッカー部の喧騒に急き立てられるようにペンを走らせる。
「これ、終わるかなぁ…終わらないよなぁ」
教室にはもう私しかいないから、なんとなく声に出してみる。
ちょっと楽しいかも……いや、やっぱり恥ずかしいからやめとこう。
クラスの人達からは「賢そう!」とか「勉強教えて!」と言われることが多い私四宮紗奈だけど、この通り、放課後に居残りをさせられるレベルだ。
決して賢くはない。
「……いや違う!課題持って来るの忘れただけだもんっ、家にあるもん!」
「えっ」
誰もいないはずの教室に私以外の人の声が響いて思わず振り返る。
そこにいたのは同じクラスの男の子で、犬みたいな愛嬌があることで多くの女の子の心をつかんでいる犬飼旭くん。
「え、えっと、四宮…さん?」
「はいっ、四宮ですが……!」
犬飼くんとはあまり関わりがなかったせいで、緊張して変な返事をしてしまう。
そんな私の様子を見て犬飼くんは逆にリラックスしたのか、クスクス笑いながら私の隣の席に腰を下ろす。
「四宮さんは自主勉中?」
「あ、ううん。今日提出だった課題を、その、家に忘れてきちゃって…」
自分で言いながらだんだん恥ずかしくなって、言葉が弱々しくなってしまう。
するとまた犬飼くんが、居残りってことだ。と言いながら笑った。
その笑顔がなんだか愛おしい。
「犬飼くんは、なにか忘れ物?」
「うん。でも、四宮さんが勉強頑張ってるみたいだし、僕も勉強していこうかな」
私の顔を覗き込むように、少し体を傾けて目を合わせてそう言う。
「私、邪魔じゃない…?大丈夫?」
「大丈夫だよ。それに僕、数学得意だよ。四宮さんに教えてあげられるよ?」
私の手元においてあった課題と自分を交互に指さしてそう言ってくれた彼に、思わず飛びついてしまいそうになりながら身を乗り出す。
「ほっ、ほんとに!?私数学が本当に苦手で課題も全然進まなかったから、教えてもらえるとすごく助かる…」
「そう言ってもらえてよかった!僕の方こそ邪魔だったらどうしようかと思ったよ」
ホッとしたように満面の笑みに、思わずキュンとする。
ウワサには聞いていたけど、ここまで母性本能がくすぐられるほどの可愛さだったなんて……。
「……?四宮さん?」
「あっ、ごめんなさい!じゃあ、ここ、教えてもらってもいいですか…?」
「はーい。ここはね……」
* * *
「お、終わった……!!」
もともと真っ白だった紙に数式が並んでいるのを見て感動する。
犬飼くんの教え方がとっても優しいしわかりやすくて、想像していた時間よりも早く終わらせることができた。
「お疲れ様、四宮さん。よく頑張ったね」
そう言いながら差し出してくれたアメちゃんを、お礼を言って受け取る。
ご褒美までくれるなんて…こんなの犬系じゃなくてお兄ちゃんじゃん……。
妹二人のお姉ちゃんをしていて、親戚にもお兄ちゃんのような存在がいない私には初めての感覚で少しソワソワしてしまう。
で、でも、同級生にお兄ちゃんって思われるのは犬飼くんはいい気分じゃないよねっ。
やめておこう……。
「じゃあ、それ提出しに行こっか。職員室だよね?」
「あ、うん。そうだけど…ついてきてくれるの?」
「え、もちろん。というか、送ってくよ?もうこんな時間だし」
犬飼くんのまさかの発言に歩き出そうとしていた足がピタリと止まる。
い、今、送っていくって言った……?
あの、学年一人気のある犬飼くんが……?
「だっ、大丈夫だよ!!そ、それに、犬飼くんの家と私の家は反対方向かも知れないし……」
私がそう言うと、犬飼くんは顎に手を当てて少し上を向いてなにかを考え始める。
「四宮さん最寄りはどこ?」
「え、っと、三町駅…」
「お、一緒だ。じゃあ一緒に帰れるね」
うそ!最寄り一緒なの!?
駅で見かけたことないんだけど……。
なんて考えつつも、このままだと一緒に帰ることになってしまいそうで、どうやって断ろう、と考え始めた。
犬飼くんの気持ちは嬉しいけど、もう時間も遅いから、無理してほしくないし……。
でも、犬飼くんの次の言葉でそんな考えはすべて消え去る。
「…ごめん、迷惑だったかな?」
そう言って悲しそうに目を伏せる姿はまるで飼い主に叱られてしまった子犬のようで、私は思わず頷いてしまった。



