かといって、大吾はみずき以外の女性と関係を持つことに罪悪感を感じることができなかった。むしろ、みずきにわかってほしかった。男とはそういう生き物だと。男はどんな女ともできる、でも一生の伴侶はたった一人なんだと。

触れられるのは嫌がるのに、みずきは時々急に抱きついてきたりする。真夜中だったり、週末、ソファでテレビを見てるときだったり。そして、「大吾、愛してる?」と聞くのだった。大吾はお決まりの台詞を言う。「みーちゃん、愛してるよ」

35歳の男が言う台詞じゃないのは百も承知。はっきり言って気持ち悪い。でも、結婚8年目にしても、あえて付き合っていた当時のあだ名で愛してるという。これでみずきの表情が少し柔らかくなり、大吾はほっとするのだ。俺は俺なりにみずきを愛している。みずきはちゃんとそれをわかってくれている。そんな気がするのだ。


そして大吾はけして木村由佳を呼び捨てしない。あだ名もつけない。もちろん、職場でうっかり「由佳」なんて呼んでしまったらまずいこともあるが、特別な名前をつけるとみずきに対して、「嫁さん」というみずきの立場が特別じゃなくなる気がするからでもある。妙に潔癖な大吾なのだ。

それなのに、忘れられない。由佳の感触、由佳のにおい、由佳の声。顔、表情、背中のほくろ、おなかの妊娠線。みずきといると、いつも頭の隅に由佳を感じる。由佳といるときは、みずきを思い出すこともないのに。(携帯で煩わされることはあっても)