夜の風景



第1話 – 11ページ目:夜の足音


午後8時47分。


街の灯りが、ひとつまたひとつと点き始めていた。


青と赤のネオンが濡れた歩道に映り込み、街はまるで光の海のように輝いている。


ミヤはゆっくりと歩いていた。


靴の音が石畳に響く。


カツ…カツ…カツ…


周りを見渡す。


人々は忙しなく彼女の横を通り過ぎていく。

誰もが、行くべき場所を持っている。


彼女は思う。


「みんな…どこへ向かっているんだろう。」


答えはなかった。


しかし、ひとつだけ確かなことがあった——


今夜、彼女自身には行く場所があった。


一時間前――自宅


ミヤは居間に座っていた。


母が向かいで静かに緑茶を飲んでいる。テレビはついているが、どちらも画面を見てはいなかった。


ミヤは深く息を吸った。


「お母さん…ちょっとだけ外に出てもいい?」


母が顔を上げる。眉がわずかに上がった。


「夜よ。ダメ。」


ミヤは膝の上で手をぎゅっと握りしめた。


「お願い…30分だけ。すぐに戻るから。」


母は湯呑みをそっと机に置いた。その音が静けさに響く。


「ダメなものはダメ。」


その時、父が階段を降りてきた。ネクタイは緩めていたが、まだジャケットを羽織っている。


「どうした?」


母が言う。


「夜に外に出たいんですって。」


父はしばらくミヤを見つめた。その目に――

両手を固く握りしめる彼女の手に。


小さな笑みを浮かべた。


「行かせてやろう。友達とだろ?」


母はため息をついた…

しかし、何も言わなかった。


ミヤはすぐに立ち上がった。


「ありがとう、お母さん! ありがとう、お父さん!」


父は軽く手を振った。

母は彼女を見つめていた――あの深く、心配そうなまなざしで。


今――街角


ミヤはカフェの前に立っていた。


中の黄色い灯りが、外をより一層冷たく見せている。窓は曇っていて――その奥に、イロの影が見えた。


彼女はドアノブに手をかけた。


冷たい金属の感触。


心の中で問いかける。


「私…何をしているんだろう。」


答えはなかった。


ドアを開けた。


ベルの音が響く。


イロが顔を上げた。カウンターの中に立ち、カップを並べているところだった。


「いらっしゃい…」


そして、彼の目がミヤで止まる。


一瞬の間。


「…ミヤ?」


ミヤは微笑んだ。

小さな、少し照れくさそうな――

誰も見たことのない、そんな笑顔だった。


「ラテを…砂糖なしで。」


イロはしばらく彼女を見つめていた。

そして微笑んだ――

嘲笑ではなく、静かな喜びのように。


「わかった。ちょっと待ってて。」


ミヤは窓際の席に腰を下ろした。いつもの場所だ。


窓を伝う雨粒を見つめる。ネオンの光がその中で揺らめいている。


イロが近づいてくる。


カップを彼女の前に置く。

その隣に――小さな紙片もそっと添えた。


ミヤはそれを見つめる。


そこにはこう書かれていた。


東京の夜

静けさの中に

並ぶ影


一度読んだ。

もう一度読んだ。


胸の奥に、温かいものが広がっていく。

まるで、見えない誰かが、そっと肩を抱いてくれたかのように。


彼女は顔を上げた。


イロはカウンターの中に立っている。

ただ、見つめているだけだった――

問いかけも、圧力もなく。

ただ、そこにいるだけだった。


ミヤは静かに言った。


「どうして…ここはこんなに静かなの?」


答えはなかった。


彼女はカップを手に取り、一口含む。


コーヒーは苦かった…


しかし彼女にとっては――

これまで味わったことのない、甘さだった。


雨はまだ降り続いている。


カフェはコーヒーの香りで満たされていた。

静けさで満たされていた。

そして――言葉を交わさなくても、そばにいる、ふたりの存在で。


イロは心の中で詠む。


夜の雨

ふたりの沈黙

近づく距離


ミヤは雨を見つめていた。

雫の中で踊る光を見つめていた。


そして、何年ぶりかで――

初めて、一人ではないと感じた。