『瞳の中にある』
今をときめくカラコンのイメージモデル『彩』。
彼女のキャッチコピーだ。謎多き彼女は、事務所の盾によって厳重に守られている。
それは、友達と原宿を歩いている時だった。
「こんにちは! かわいいね! どこに行くの? 芸能界に興味ない?」
高校一年の夏。友達と体育祭の買い出しをしている時だった。
確かに友達の智は可愛い。入学式から目立っていたし、幼馴染のハルからも「紹介して」とせっつかれていた。同じクラスになってすぐに友達になった。
声を掛けられた時、スカウトの対象は智だけだと思い、私はずっと気になっていた商品をじっくりと見ていた。
レクリエーション係になったので、色んなアイデアと期待に妄想が膨らみ、悩み出したら周りの声は聞こえなくなる。
「……聞こえてる? 君にも聞いてるんだけど」
顔を上げると、ニコリと人当たりの軽そうな美男子と、すべてを疑っていそうな冷たい美形がそこにいた。
経験上『原石にはなかなか出会えない』と思いながらも、事務所から「こいつの眼を鍛えてあげてよ」と頼まれた正人を連れて、週末の原宿を物色していた時だった。
「こんにちは! かわいいね! 芸能界に興味ない?」
正人の声に溜息をつきながら振り向く。確かにその辺の子達より抜きん出て可愛い子がいた。だけど、奏の目に留まったのは、どこにでもいる平凡な女子高生――彩花だった。商品を見る真剣な目に吸い寄せられるように、奏は彩花に近付いていく。
あまりの距離の近さに、彩花は息を呑んだ。近い。キスされる。
目をぎゅっと瞑ると、頭上から鼻で笑う声が聞こえた。何この人、最悪。
となりでドキドキしながら成り行きを見ていた智の手を引いて、私は走って店を出た。
「さっきの二人、めっちゃカッコよくなかった!?」
お気に入りのカフェのテラス席。流行りのケーキセット。落ち着くはずの場所なのに智のテンションは上がりきっている。自分的には「ホスト? それとも詐欺?」と警戒心マックスだったが、いつの間にか智の手には『深見正人』の名刺。
スマホでQRコードを読み取ってみると、なるほど、モデル兼カメラマンの有名人。智の目が肉食動物のようにギラギラと輝きだした。
「私、絶対落とす!」
う、うん。頑張って……。
次の日の休憩時間。
「彩花! 聞いて!」
なんと智は帰ってすぐに連絡したらしい。あの日、正人はモデルスカウトのために声を掛けたのだ。芸能界にも興味があった智は、二つ返事で次の約束を取り付けたようだ。
「今日の放課後、迎えに来てくれるんだ♡」
えっ、ちょっと待って。私とハルとの先約は?
テヘペロとウキウキしている智を見て、ハルが焦りだした。
「やめとけよ! 危ないよ!」
「こんなチャンスなかなかないし、ちゃんとした大手事務所だから大丈夫だよー。心配ならついてきなよ」
「ん゛〜〜〜。……彩花、ついて行こう」
智の意思は固かった。ハルは涙目と上目遣いで私を見る。
ハルとは幼稚園からの腐れ縁で、実は私の初恋の相手だ。一緒の高校に入る為に、陰ながら死ぬ気で努力した。柔らかくてお日さまみたいな雰囲気のハルは、側にいるだけで心もぽかぽかになる。
でも、ハルは智に一目惚れした。初めて智を見たハルの目が忘れられない。人が恋に落ちる瞬間を見てしまった。
ハルの智を見る熱い視線。私が欲しかった。今、私は二人をどんなふうに見ているんだろう。
放課後、校内がザワついていた。「芸能人?」「かっこいい!」
何事かと人混みを横目に校門を出ると、一目で分かる高級車の助手席から、正人が手を振っていた。
「おーい! 智ちゃーん! 彩花ちゃーん! こっちこっちー」
ヤバイ。周りのザワつきがハンパない。早く乗るように促されて、私たちは急いで車に乗り込んだ。
運転席には奏、助手席に正人。後部座席は左から智、ハル、私の順で並ぶ。
「へぇ。君も来たんだ」
バックミラー越しに、あの冷たい美形――奏が私を見て言った。
「ええ。友達が心配なもので」
「ふーん」
なに? 感じ悪くない?
「俺も心配なもので! お邪魔します! ……って、えっ! マサト!? ヤバイ! マサトだ!」
真ん中のハルのテンションが一気に跳ね上がる。「ずっと雑誌買ってました! うおぉー!」
「うわっ♡ 嬉しい、ありがとー」
助手席から正人がニッコリスマイルで振り返り、ハルは尻尾をブンブン振っている。左隣で若干引き気味の智をよそに、ハルの勢いは止まらない。
「マサトは『NEXT』のトップモデルだったんだよ! スカウトからずっと組んでたカメラマンの奏さんとも何度も一緒にインタビュー受けてて……!」
ハルが運転席の奏に目線を移す。「ティーン雑誌を卒業した後どうしたんだろうと思ってたんです!」
前のめりなハルに、正人が丁寧に答えてくれた。
「結構限界を感じてたんだよ。ティーン雑誌を卒業してからはカメラの方に気がいっちゃって。今、奏に鍛えてもらってる」
「うぉお! また別な形でのコンビが見れるんっすね!」
ちょっとハルがうるさくなってきた。奏もそう思ったのか、バックミラー越しに呆れたようにハルを……いや、その隣の私を見た。
キレイな顔。奏もモデルって言ってもいいくらい整っている。
マジマジと見たせいか、視線を感じた奏とバチリと目が合ってしまった。慌てて目線をそらす。
「ふんっ」
え? 今、この人鼻で笑ったの!? 感じわるー!
「着いたよ」
車が止まったのは、閑静な住宅街にあるこじんまりとしたデザイナーズマンションだった。少しの中庭と遊歩道、ガラス張りのスタジオ。ここだけ時間が止まったみたいだ。
「今日は事務所じゃなくてここで撮影させて。見てみたいんだ、どう写るのか」
もしハルが正人に気付いていなかったら「変態!」と叫んで逃げていただろう。良かった、ハルがいて。
用意されていた白いワンピースに着替えた智。綺麗……。
正人が選んだのかな。智を眺める正人の目が、長い間会えなかった恋人に会えたような、切なそうな目をしていた。
撮影が始まる。息遣いまで聞こえそうな、張り詰めたスタジオの空気に飲まれていく。
「君は興味ないの?」
背後から、耳に息がかかるほどの距離で声がした。振り返ると、奏が無表情のまま返事を待っていた。思ったままを答える。
「ない事はないけど、別世界だし。智とは違い私はごく平凡な女子高生だから。一緒に居なければこんな機会もなかった」
「ふーん。自信がないんだ」
カッチーン!
「ある訳ないじゃない! どうせ顔もスタイルも普通ですよ!」
わっ、思ったより大きな声が出た。
「……っ、ぷ! あはは! あはははは!!」
今まで張り詰めていたスタジオの糸が切れる。口元を押さえて少年のように爆笑する奏。
智も正人もハルもキョトン顔だ。恥ずかしい。私は赤面しながら、涙目で奏を睨みつける。
「ああ、ダメだ、おもしれー」
もう好きに笑ってください。スネはじめた私に、笑い終えた奏が言った。
「顔やスタイルの話なんてしてない。俺が言ってるのは、お前のその『目』だよ」
? 目?
「一回、撮ってみない?」
この言葉に、一番に反応したのは正人だった。
「奏が撮るの?」
「もちろん」
珍しく楽しそうな笑みを浮かべ、奏がカメラを持ち直した。
「そこに立って」
指示された場所に歩いていく。スタジオの音が、すっと消えた気がした。
「こっち見て」
レンズを見据える。ファインダー越しに、奏の瞳と私の瞳が重なる。
「睨んで」
言われるがまま、鋭く睨みつける。
「んー。違うな。アンタ、好きな人いる?」
ハルの顔が頭をよぎった。
「その人の結婚式に参列してると思って」
胸の奥が、ぎゅっと切なくなっていく。
「そう、その人と俺を重ねて」
――もう、涙で前が見えなかった。
魂が抜けた気分だった。心地良い疲労感もある。何が起きたのか分からないまま、奏は現像室へ笑顔で急いで去っていった。
「ごめんね。奏がそうなる事はなかなか無いんだけど、今回は楽しかったみたい。こうなると人の話を聞かないから、今日は解散しよう」と正人が苦笑した。
送ってもらってから、智にも私にも連絡がないまま一ヶ月が過ぎた。
もうあの時間は夢だったかのように、いつもの日常が過ぎていく。はじめの数日間は「楽しかったね」と話し、二週間が過ぎる頃には「いい思い出になったよね」となり、三人の会話から段々とあの日の話題は上がらなくなった。
そんな時だった。
通学途中の、駅のホーム。いつもは有名な俳優やモデルが競って目指す、あの巨大な看板。
え? これは……?
――瞳の中にある――
鮮烈なキャッチコピーと、綺麗な色のカラコン。そして、そこに写し出されている一人のモデル。涙を湛え、世界中の誰よりも切なく輝く、私の『瞳』。
その瞬間、ポケットの中で私の携帯が激しく鳴り響いた。
今をときめくカラコンのイメージモデル『彩』。
彼女のキャッチコピーだ。謎多き彼女は、事務所の盾によって厳重に守られている。
それは、友達と原宿を歩いている時だった。
「こんにちは! かわいいね! どこに行くの? 芸能界に興味ない?」
高校一年の夏。友達と体育祭の買い出しをしている時だった。
確かに友達の智は可愛い。入学式から目立っていたし、幼馴染のハルからも「紹介して」とせっつかれていた。同じクラスになってすぐに友達になった。
声を掛けられた時、スカウトの対象は智だけだと思い、私はずっと気になっていた商品をじっくりと見ていた。
レクリエーション係になったので、色んなアイデアと期待に妄想が膨らみ、悩み出したら周りの声は聞こえなくなる。
「……聞こえてる? 君にも聞いてるんだけど」
顔を上げると、ニコリと人当たりの軽そうな美男子と、すべてを疑っていそうな冷たい美形がそこにいた。
経験上『原石にはなかなか出会えない』と思いながらも、事務所から「こいつの眼を鍛えてあげてよ」と頼まれた正人を連れて、週末の原宿を物色していた時だった。
「こんにちは! かわいいね! 芸能界に興味ない?」
正人の声に溜息をつきながら振り向く。確かにその辺の子達より抜きん出て可愛い子がいた。だけど、奏の目に留まったのは、どこにでもいる平凡な女子高生――彩花だった。商品を見る真剣な目に吸い寄せられるように、奏は彩花に近付いていく。
あまりの距離の近さに、彩花は息を呑んだ。近い。キスされる。
目をぎゅっと瞑ると、頭上から鼻で笑う声が聞こえた。何この人、最悪。
となりでドキドキしながら成り行きを見ていた智の手を引いて、私は走って店を出た。
「さっきの二人、めっちゃカッコよくなかった!?」
お気に入りのカフェのテラス席。流行りのケーキセット。落ち着くはずの場所なのに智のテンションは上がりきっている。自分的には「ホスト? それとも詐欺?」と警戒心マックスだったが、いつの間にか智の手には『深見正人』の名刺。
スマホでQRコードを読み取ってみると、なるほど、モデル兼カメラマンの有名人。智の目が肉食動物のようにギラギラと輝きだした。
「私、絶対落とす!」
う、うん。頑張って……。
次の日の休憩時間。
「彩花! 聞いて!」
なんと智は帰ってすぐに連絡したらしい。あの日、正人はモデルスカウトのために声を掛けたのだ。芸能界にも興味があった智は、二つ返事で次の約束を取り付けたようだ。
「今日の放課後、迎えに来てくれるんだ♡」
えっ、ちょっと待って。私とハルとの先約は?
テヘペロとウキウキしている智を見て、ハルが焦りだした。
「やめとけよ! 危ないよ!」
「こんなチャンスなかなかないし、ちゃんとした大手事務所だから大丈夫だよー。心配ならついてきなよ」
「ん゛〜〜〜。……彩花、ついて行こう」
智の意思は固かった。ハルは涙目と上目遣いで私を見る。
ハルとは幼稚園からの腐れ縁で、実は私の初恋の相手だ。一緒の高校に入る為に、陰ながら死ぬ気で努力した。柔らかくてお日さまみたいな雰囲気のハルは、側にいるだけで心もぽかぽかになる。
でも、ハルは智に一目惚れした。初めて智を見たハルの目が忘れられない。人が恋に落ちる瞬間を見てしまった。
ハルの智を見る熱い視線。私が欲しかった。今、私は二人をどんなふうに見ているんだろう。
放課後、校内がザワついていた。「芸能人?」「かっこいい!」
何事かと人混みを横目に校門を出ると、一目で分かる高級車の助手席から、正人が手を振っていた。
「おーい! 智ちゃーん! 彩花ちゃーん! こっちこっちー」
ヤバイ。周りのザワつきがハンパない。早く乗るように促されて、私たちは急いで車に乗り込んだ。
運転席には奏、助手席に正人。後部座席は左から智、ハル、私の順で並ぶ。
「へぇ。君も来たんだ」
バックミラー越しに、あの冷たい美形――奏が私を見て言った。
「ええ。友達が心配なもので」
「ふーん」
なに? 感じ悪くない?
「俺も心配なもので! お邪魔します! ……って、えっ! マサト!? ヤバイ! マサトだ!」
真ん中のハルのテンションが一気に跳ね上がる。「ずっと雑誌買ってました! うおぉー!」
「うわっ♡ 嬉しい、ありがとー」
助手席から正人がニッコリスマイルで振り返り、ハルは尻尾をブンブン振っている。左隣で若干引き気味の智をよそに、ハルの勢いは止まらない。
「マサトは『NEXT』のトップモデルだったんだよ! スカウトからずっと組んでたカメラマンの奏さんとも何度も一緒にインタビュー受けてて……!」
ハルが運転席の奏に目線を移す。「ティーン雑誌を卒業した後どうしたんだろうと思ってたんです!」
前のめりなハルに、正人が丁寧に答えてくれた。
「結構限界を感じてたんだよ。ティーン雑誌を卒業してからはカメラの方に気がいっちゃって。今、奏に鍛えてもらってる」
「うぉお! また別な形でのコンビが見れるんっすね!」
ちょっとハルがうるさくなってきた。奏もそう思ったのか、バックミラー越しに呆れたようにハルを……いや、その隣の私を見た。
キレイな顔。奏もモデルって言ってもいいくらい整っている。
マジマジと見たせいか、視線を感じた奏とバチリと目が合ってしまった。慌てて目線をそらす。
「ふんっ」
え? 今、この人鼻で笑ったの!? 感じわるー!
「着いたよ」
車が止まったのは、閑静な住宅街にあるこじんまりとしたデザイナーズマンションだった。少しの中庭と遊歩道、ガラス張りのスタジオ。ここだけ時間が止まったみたいだ。
「今日は事務所じゃなくてここで撮影させて。見てみたいんだ、どう写るのか」
もしハルが正人に気付いていなかったら「変態!」と叫んで逃げていただろう。良かった、ハルがいて。
用意されていた白いワンピースに着替えた智。綺麗……。
正人が選んだのかな。智を眺める正人の目が、長い間会えなかった恋人に会えたような、切なそうな目をしていた。
撮影が始まる。息遣いまで聞こえそうな、張り詰めたスタジオの空気に飲まれていく。
「君は興味ないの?」
背後から、耳に息がかかるほどの距離で声がした。振り返ると、奏が無表情のまま返事を待っていた。思ったままを答える。
「ない事はないけど、別世界だし。智とは違い私はごく平凡な女子高生だから。一緒に居なければこんな機会もなかった」
「ふーん。自信がないんだ」
カッチーン!
「ある訳ないじゃない! どうせ顔もスタイルも普通ですよ!」
わっ、思ったより大きな声が出た。
「……っ、ぷ! あはは! あはははは!!」
今まで張り詰めていたスタジオの糸が切れる。口元を押さえて少年のように爆笑する奏。
智も正人もハルもキョトン顔だ。恥ずかしい。私は赤面しながら、涙目で奏を睨みつける。
「ああ、ダメだ、おもしれー」
もう好きに笑ってください。スネはじめた私に、笑い終えた奏が言った。
「顔やスタイルの話なんてしてない。俺が言ってるのは、お前のその『目』だよ」
? 目?
「一回、撮ってみない?」
この言葉に、一番に反応したのは正人だった。
「奏が撮るの?」
「もちろん」
珍しく楽しそうな笑みを浮かべ、奏がカメラを持ち直した。
「そこに立って」
指示された場所に歩いていく。スタジオの音が、すっと消えた気がした。
「こっち見て」
レンズを見据える。ファインダー越しに、奏の瞳と私の瞳が重なる。
「睨んで」
言われるがまま、鋭く睨みつける。
「んー。違うな。アンタ、好きな人いる?」
ハルの顔が頭をよぎった。
「その人の結婚式に参列してると思って」
胸の奥が、ぎゅっと切なくなっていく。
「そう、その人と俺を重ねて」
――もう、涙で前が見えなかった。
魂が抜けた気分だった。心地良い疲労感もある。何が起きたのか分からないまま、奏は現像室へ笑顔で急いで去っていった。
「ごめんね。奏がそうなる事はなかなか無いんだけど、今回は楽しかったみたい。こうなると人の話を聞かないから、今日は解散しよう」と正人が苦笑した。
送ってもらってから、智にも私にも連絡がないまま一ヶ月が過ぎた。
もうあの時間は夢だったかのように、いつもの日常が過ぎていく。はじめの数日間は「楽しかったね」と話し、二週間が過ぎる頃には「いい思い出になったよね」となり、三人の会話から段々とあの日の話題は上がらなくなった。
そんな時だった。
通学途中の、駅のホーム。いつもは有名な俳優やモデルが競って目指す、あの巨大な看板。
え? これは……?
――瞳の中にある――
鮮烈なキャッチコピーと、綺麗な色のカラコン。そして、そこに写し出されている一人のモデル。涙を湛え、世界中の誰よりも切なく輝く、私の『瞳』。
その瞬間、ポケットの中で私の携帯が激しく鳴り響いた。
