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「いただきます」
奈緒の挨拶をみ、三浦も手を合わせる。
ホームベーカリーで焼いたパンも添えたビーフシチューは、ランチとしては少しだけ贅沢かも。
三浦がスプーンを沈める。赤茶色のルーの中でスネ肉がほろりと崩れ、奈緒は頷く。良かった、ちゃんと煮込めている。
「熱くないですか?」
「ん。あ」
「あ?」
「うまい」
奈緒は間を置き、ほほ笑む。
「それなら良かったです。わたしも頂きますね」
「ん」
油の乗った身へ箸を入れ、ひとくち。白米がパンパンに敷き詰めてある。
「美味しいです」
「残していい」
「主任は? 足りなくないですか?」
「ん」
お互い、交換しなかった場合の容量で用意してきた。
ロールパンは三浦が持つと小さい。半分に割ってシチューを拭う。食事ペースはひとりで食べるスピードなのに、所作がこなれている。
「主任は一人暮らし、長いんですか?」
三浦は襟足を掻く。
「すみません、不躾でした。こういう機会がないと聞けなかったので」
「……結婚、勧められるかと」
「いえ! そんなつもりは」
強く否定するが、奈緒の環境ではそう受け取られても仕方ない。周囲は順風満帆な未来のチケットを手にしたと疑わないから。
ギュッ、奈緒は唇を噛む。
「旅行」
「……え?」
「どこ行くんだ?」
「ーーあ、あぁ。沖縄です。お土産、買ってきますね」
「ん」
ペットボトルを開け、三浦が場の空気ごと飲み込んだ。
それから特に会話はないまま昼休みを終える。奈緒にはこの沈黙が心地よく、呼吸が整えられた。
「そういえば、S社のコンペですけど」
午後から三浦は会議へ出席、奈緒と後輩で作業を詰めていく。
「S社?」
耳に入っていない案件を確認したところ、奈緒のスケジュールはS社どころか、ほぼ空白で。
カタカタ、後輩のキーボードを叩く音がよく響く。
「川村さん居なくなるのに、あんな大きな仕事引き受けようなんて、主任ってばどういうつもりなんですかねーー川村さん?」
「え、あ、うん。頑張れ、応援する!」
奈緒はファイティングポーズを取り、励ます。
「応援するくらいなら、辞めるの止めてくださいよー」
ギリギリと爪が手の平へ食い込んでいるのを、後輩は知らない。
「無理言わないで、よ」
絞り出したような声。
「はい?」
「……ごめん、席外す」
退職予定の自分がチームに加われないのは分かっている。しかし、奈緒はS社と仕事をすることを入社以来の目標にしていた。
それは三浦も知っているはずなのに。
合理的な判断と承知しつつ、奈緒は黙っていられない。
ひとことでもいい、三浦から言葉が欲しかった。
「いただきます」
奈緒の挨拶をみ、三浦も手を合わせる。
ホームベーカリーで焼いたパンも添えたビーフシチューは、ランチとしては少しだけ贅沢かも。
三浦がスプーンを沈める。赤茶色のルーの中でスネ肉がほろりと崩れ、奈緒は頷く。良かった、ちゃんと煮込めている。
「熱くないですか?」
「ん。あ」
「あ?」
「うまい」
奈緒は間を置き、ほほ笑む。
「それなら良かったです。わたしも頂きますね」
「ん」
油の乗った身へ箸を入れ、ひとくち。白米がパンパンに敷き詰めてある。
「美味しいです」
「残していい」
「主任は? 足りなくないですか?」
「ん」
お互い、交換しなかった場合の容量で用意してきた。
ロールパンは三浦が持つと小さい。半分に割ってシチューを拭う。食事ペースはひとりで食べるスピードなのに、所作がこなれている。
「主任は一人暮らし、長いんですか?」
三浦は襟足を掻く。
「すみません、不躾でした。こういう機会がないと聞けなかったので」
「……結婚、勧められるかと」
「いえ! そんなつもりは」
強く否定するが、奈緒の環境ではそう受け取られても仕方ない。周囲は順風満帆な未来のチケットを手にしたと疑わないから。
ギュッ、奈緒は唇を噛む。
「旅行」
「……え?」
「どこ行くんだ?」
「ーーあ、あぁ。沖縄です。お土産、買ってきますね」
「ん」
ペットボトルを開け、三浦が場の空気ごと飲み込んだ。
それから特に会話はないまま昼休みを終える。奈緒にはこの沈黙が心地よく、呼吸が整えられた。
「そういえば、S社のコンペですけど」
午後から三浦は会議へ出席、奈緒と後輩で作業を詰めていく。
「S社?」
耳に入っていない案件を確認したところ、奈緒のスケジュールはS社どころか、ほぼ空白で。
カタカタ、後輩のキーボードを叩く音がよく響く。
「川村さん居なくなるのに、あんな大きな仕事引き受けようなんて、主任ってばどういうつもりなんですかねーー川村さん?」
「え、あ、うん。頑張れ、応援する!」
奈緒はファイティングポーズを取り、励ます。
「応援するくらいなら、辞めるの止めてくださいよー」
ギリギリと爪が手の平へ食い込んでいるのを、後輩は知らない。
「無理言わないで、よ」
絞り出したような声。
「はい?」
「……ごめん、席外す」
退職予定の自分がチームに加われないのは分かっている。しかし、奈緒はS社と仕事をすることを入社以来の目標にしていた。
それは三浦も知っているはずなのに。
合理的な判断と承知しつつ、奈緒は黙っていられない。
ひとことでもいい、三浦から言葉が欲しかった。

