――事の発端は、二日前。
スマホでSNSを見ていた彼が唐突に「温泉に行きたい」とボヤいた。
それに私は「いいね」とつい空返事をしてしまった。
車で4時間半。
安いレンタカーを借り、県を二つ跨いで秘境と呼ばれる温泉地へ。
慣れない運転、慣れない土地。
家を出てからずっと、彼の中にイライラが溜まっていたんだと思う。
でも、あとちょっとだった。
今はもう帰り道。
急な旅行で宿が取れなかったから、道の空いている夜の内に帰ろうって車を走らせていた。
「なぁ、こっちの道であってんの!?」
「あってるはず……なんだけど、ちょっと待って」
「さっきも同じこと言ってたろうが! どんどん違う道に出てんだよ!」
ガソリンがもうなくなりそうだった。
深夜に空いているスタンドを探すうち、車はどんどん大通りから外れていく。
街灯もずいぶん少ない。
電波もギリギリで、ルート検索の画面が固まっている。
「――チッ」
大きな舌打ち。
ああ、ダメだ、と思う。
その瞬間には、もう殴られていた。
「グズがッ!!!」
「ごめん」
「どうすんだよ、こんなトコでガス欠になっちまったらよぉ!!」
「ごめんって」
二の腕に拳がめり込む。
息を吐く間もなく、今度は顔面を殴られた。

