オレンジじゃない夕方




 敬の家は、和風な厳しい作りの門の奥にある、瓦屋根の大きな御屋敷だった。

 もちろんそれまで行った事はなく、見て知っているだけだった。


 
「お邪魔します」

 
 敬に手招きされて広い玄関を上がると、すぐ横にあった客間に案内された。
 和洋折衷な滑りの良い床の間に置かれた花柄のソファ。
 額縁に飾られた明鏡止水の達筆な字。それは私も何処かで聞いた事がある書道家のものだった。


 敬は、キッチンに行って2人分のコーヒーゼリーを皿に入れてくると、私の向かい側のソファに座った。


「自作。生クリームをかけて食べるんだ」

「いただきます」


 コーヒーゼリーを食べ終わると、今度はお茶と抹茶のムースが出された。

 お茶を飲みながら、敬が口を開いた。
 

「原さんって呑気な方だと思う」

「どうして?」


 私が聞いた。



「周りでなにか起きてても、呑気にお茶を飲んでるでしょう」

「そうかな」

「僕の家へ来ているの、何とも思わないんだね。」



 敬が話を変えた。
 


「本を貸してくれてるの、まだ読み終わってないけど、面白く読んでるよ」

「そう?」

「うん。でも、文字追うのって結構面倒。相性なのかな」

「好きだとかなり浸って読むから、そうなのかも」

「原さんは、読むの早いでしょう。いいね」

「良くもないけど、うん」

「読書家って良いことだと思う。全部に繋がるし」



 前にも言った事を、敬はまた言った。
 
 
「僕は、本が好きっていうよりは、本を読む人が好きなんだ」


 黙って抹茶のムースを口に入れると、甘さが口の中で、じわじわ広がって行った。