ミドサーですが、うっかり恋に堕ちまして



入院対応に処置介助、ナースコール。

考える暇なんてないくらい動き回っているのに、不思議と視界の端ばかり気になる。

高柳先生は今日も忙しそうだった。

外来、手術説明、回診、すれ違っても仕事の会話しかしない。

「CTの結果、あとで見ます」

「主任。この処置、先にお願いします」

 これだけで、むしろいつもより距離が遠い気さえする。

(……何期待してるんだろ)

 自分で自分に呆れる。

昨夜、少し優しくされたくらいで。

食事して、送ってもらって、メッセージのやり取りしただけ。

なのにどうしてこんなに彼のことが気になるの?

「……浅川主任?」

「あ、ごめん。それで、ご家族はなんて?」

 後輩に怪訝そうな顔をされて私は慌てて相槌を打つ。

 その時、

「浅川主任」

 背後から低い声が落ちてくる。

びくりと肩を揺らす。

振り向けば、高柳先生が立っていた。

「十五時からの病状説明の同席お願いできますか」

「……はい」

 温度のない事務的な口調。

私も同じくらいの熱量で返事をした。


 予定の時間の少し前にカンファレンスルームに向かう。

電気をつけ、パソコンを立ち上げる。もう一度患者さんのカルテに目を通す。

そろそろご家族が到着した頃だろうか。

エレベーターホールまで迎えに行くために部屋を出ようとした。

その瞬間、カチャ、とドアが開く。

入ってきた人物を見て心臓が跳ねた。

「ーーっ。高柳先生⁉︎ こ、これからご家族をお連れします」

 入れ替わりで部屋を出ようとすると、押し戻されてしまう。

「なんで避けるんですか」

 言いながら、後ろ手で鍵をかけた。

ガチャンと音が響く。

「え?」

 距離が近い。

昨夜、雨の下で感じた体温が一気に蘇る。

「避けてません。避けてたの先生じゃないですか! ずっとそっけないし」

 思わず言い返す。

すると高柳が一瞬目を丸くして、それから小さく笑った。

「……やっぱり気にしてたんですね」

「なっ! ……だって昨日と全然違うから……」

 言ってから後悔する。

何を言ってるんだろう。

これじゃまるで拗ねてる子供みたいだ。

ちらっと彼の顔を盗み見る。

笑っていなかった。むしろ少し困ったように息を吐く。

「そっけないのはわざとです」

「……え?」

「病院で昨日みたいに話してたら、たぶんずっと浮かれてしまうので」

 低い声に熱が戻る。

「だからちゃんと仕事しようと、俺なりに必死で……」

そう言って、先生は少しだけ距離を詰める。

「でも無理でした。浅川さんのせいです」

 そう言って、情けないとでも言いたげに笑う。

やばい。心臓がうるさい。先生に聞こえてしまいそうなくらい。

仕事中なのに、病院なのに。

 なのにどうして、私は胸のざわめきを抑えられないのだろう。

「私っ……」

 どうしたらいいかわからない。

こんな時の最適解を持ち合わせていない。

——コンコン。

ドアがノッされた。

「主任いますか?」

 田辺さんの声だ。

現実に引き戻されてホッとする。

「あ、はーい」

 何事もなかったかのように返事をする。

「ご家族がお見えになったのでお連れしました」 

 私は直ぐにドアを開けた。

「お待たせしました、お入りください」

 田辺さんに連れてきてくれたことへのお礼を伝え、患者さんの家族を迎え入れる。

振り返ると先生は仕事の顔に戻っていた。