翌朝。
昨日の雨はすっかり上がっていた。
カーテンを開けると、昨夜の雨が嘘みたいに空が明るい。
鈍色の雲の隙間から、朝日が覗いていた。
「起きるかぁ」
もそもそと起き上がり出勤準備を始める。
洗面台の前で私は自分の顔を見つめてため息を吐いた。
「……何やってるんだろ、私」
いつもは引かないアイライン。
普段は適当にひとつ結びにしてしまう髪も、今日は軽く巻いて下ろしている。
別に、”誰か”のためじゃない。
そう思いながら選んだブラウスは、気づけば一番新しいものだった。
「……いや、本当に何してるの」
すぐにいつものティーシャツに着替えると普段より早く家を出た。
病院に着くと白衣に着替えてエレベーターに乗る。
降りようとすると高柳先生と鉢合わせてしまった。
白衣姿の彼は、昨夜とは別人みたいに淡々としていて、柔らかい雰囲気なんて欠片もない。
一瞬だけ視線が合う。
昨夜のメッセージを思い出し、耳まで熱くなる。
『次は何食べに行きます?』
たったそれだけ。それだけなのに、眠る前まで何度も読み返してしまった。
でも、返事はしていない。
小さなスタンプを押しただけ。
がっついてると思われたくないし、正直、何をリクエストしたらいいのか思いつかなかったから。
「お、おはようございます」
「おはようございます」
返ってきたのは、淡々とした声だけだった。
そのまま高柳は書類を片手に通り過ぎていく。
「…………え?」
思わず背中を目で追う。
ーーそれだけ?
いや、職場なんだから普通だけど。普通なんだけど……。
(昨日の態度はなんだったの?)
思い出した瞬間、また顔が熱くなるのを感じ慌てて頭を振る。仕事モードに切り替える。
「主任、おはようございます!」
「あ、おはよう」
後輩に声を掛けられ、完全にスイッチをいれる。
そう。ここは病院だ。
私にとっては仕事をする場所。
昨夜の空気を引きずる方がおかしい。
そう思うのに……。
ナースステーションで他のスタッフと話している高柳先生を目で追ってしまう。
穏やかで、冷静で、仕事ができる外科医。
そこに“昨夜の男”の気配はない。
(……別にいいけど。いいけど別に……)
胸の奥が、ちくりと痛む。自分でも驚くくらいに。
「主任、この点滴ルート確認お願いします」
「はいはーい」
始業時間を過ぎれば、あっという間に忙しさに飲み込まれる。


