ミドサーですが、うっかり恋に堕ちまして

エピローグ

 玄関のドアが閉まる音がやけに大きく響く。

 さっきまでスタッフたちの笑顔と祝福の声に包まれていた。

 何度も「おめでとうございます」と言われ、照れながらも嬉しくて、胸の奥が温かくなった。

 だからなのか、いつもの部屋に戻った瞬間その静けさに少しだけ戸惑う。

 あれほど賑やかだった時間が、まるで夢だったみたいに。

「……なんか、予想外だったな」

 靴を脱ぎながら、私は小さく呟く。

「何がですか?」

 隣で同じように靴を脱いでいた遙が、優しい声で尋ねる。

「私たちの結婚を、みんながあんなに喜んでくれるなんて……」

 私はこんなにも周りの人に大切にされていたのかと、驚いたほどだ。

「そりゃそうですよ」

 遙は当たり前のことのように言う。

「“浅川主任”は、みんなから愛されてますから」
「そんなことないよ」

 私は思わず笑ってしまう。

「遙のほうが、みんなから好かれているし、頼られているし……」

 そこで言葉が詰まる。胸の奥にずっとあった小さな不安が、ふいに顔を出す。

「……本当に私なんかでよかった?」

 口にしてしまった瞬間、少しだけ後悔した。

またネガティヴな事を言ってしまった。

でも、遙の隣にいる自分が、本当に相応しいのだろうか。年齢も、立場も、何もかも違うこんなに素敵な人が、どうして私を選んでくれたのだろうか。

そんな思いが、まるでシコリのように消えずに残っていた。

すると遙は困ったように笑って、「逆ですよ」という。

「逆?」

 顔を上げると、遙はまっすぐ私を見た。

「真夏さんは、仕事も自分の好きな時間も大切にしていた」

 静かな声が、胸に沁みていく。

「だから、俺が入り込む余地なんてないんじゃないかって、思ったこともありました」
「遙が?」
「はい」

 意外だった。彼がそんなふうに思っていたなんて。

「だから聞きたいです」

 遙は私の手を取ると真剣な眼差しを向けた。

「真夏さんこそ、本当に俺でいいですか?」

 私は少し考えてから、こくりと頷く。

「たしかに私、ひとりでも幸せだったかも」

 遙が少し驚いたように瞬きをするが構わずに続けた。

「でもね」

 握られた手に、少し力を込める。

「遙といると、その幸せが二倍にも三倍にもなるの。ひとりで幸せだった人生に、遙が来てくれたことで、もっと幸せになった」

 遙はしばらく黙って私を見つめたあと、柔らかく微笑む。

「それは、俺たちの相性がいいからですね」
「相性?」
「はい。俺と真夏さんだからそう感じられるんです。他の誰かではこうはなりません」

 迷いのない言葉に胸が熱くなる。

「そんなこと言われたら、もっと好きになっちゃうな」
「もう十分過ぎるくらい好きでしょう?」

 少しからかうような声に照れながら頷く。

「そりゃ、もちろん」
「俺は、それ以上に好きです」

 ……敵わないな。

この人は、いつだって私が一番欲しい言葉をくれる。何度でも、好きだと思わせてくれる。

「毎日言いふらしたいくらいです。あなたのことが大好きだって。病院で惚気って言われても気にしません」
「それは私のセリフだよ」

 こんなにも素敵な人が、自分の隣にいる。

その幸せを、当たり前だと思わないようにしよう。

 今日まで頑張ってきた自分にも、私を選んでくれた遙にも、ちゃんと感謝して生きていきたい。

「……もう、“私なんか”なんて思わないでくださいね」

 遙が後ろからそっと腕を回す。背中に感じる温もりに、自然と肩の力が抜けた。

「真夏さん。お風呂、一緒に入りません?」

 急な誘いに、思わず笑ってしまう。

「ご飯は?」
「真夏さんを堪能してからにしたいです」

 悪びれもなく言うところが、この人らしい。

「俺が作るんで、いいでしょう?」
「……パスタがいい」
「もちろんです」

ーーああ、私はなんで幸せなんだろう。

恋なんて、もう必要ないと思っていた。

誰かに寄りかからなくても、私は私の人生を幸せにできると思っていた。

それは今も変わらない。

でも、この人とひとりで歩いてきた人生の続きを歩いていきたい。

何気ない毎日を過ごしていきたい。

私の人生で、一番大切な人とこれからもずっと。



おわり