ミドサーですが、うっかり恋に堕ちまして

 部屋へ戻ると、私は誤魔化すように急須へ手を伸ばした。

「お茶、淹れますね」

「ありがとうございます」

 湯呑みにお茶を注ぎ、先生へ差し出す。

「どうぞ」

 その時、指先が触れる。

「あ……」

「すみません」

 同時に声が重なる。一瞬見つめ合って、どちらからともなく手を引く。

でも、気まずさはない。

「いただきます、アチッ」

「やだ、大丈夫ですか? 今、お水をーー」

「大丈夫です、ありがとうございます」

 仕事は完璧なのに、こんなおっちょこちょいな所もある。

そういうところが微笑ましくて、先生のいろんな顔を見てみたいと思ってしまう。

 コンコン、と扉が叩かれる。

「失礼いたします」

 仲居さんが夕食の準備に来てくれたようだ。次々と料理が運び込まれていく。

 色鮮やかな前菜。お造り。串で焼かれた川魚に湯気の立つ鍋。

どれも美味しそうでお腹の虫が鳴る。

「……すごい、豪華ですね」

「ですね、旨そうだ」

 先生も感心したようにテーブルを見渡している。

仲居さんが料理を並べ終えたあと、ふと私たちを見て微笑んだ。

「ご夫婦ですか?」

 空気が止まる。仲居さんは楽しそうに続ける。

「雰囲気が似てらっしゃるし、とてもお似合いで」

「ち、違います!」

 慌てて否定する私とは対照的に、先生は静かに笑っていた。

「あら、失礼いたしました。それではどうぞごゆっくり」

 仲居さんはそう言い残して部屋を出て行った。

静かに襖が閉まる。

「びっくりしましたね。夫婦だなんて」

「嫌でしたか?」

 そう聞かれて固まる。

「え?」

「俺はうれしかったです」

 先生は平然といって、グラスにビールを継ぎ始める。

「嫌じゃないですけど……」

 言った瞬間、自分で何を言っているのかと思った。

「ならよかったです。はい、ビール」

「あ、ありがとうございます」

 乾杯すると気まずさを誤魔化すように一気に飲み干す。

「おいしいです」

「本当ですね。さて、料理も冷めないうちにいただきますか」

 それからは料理の話をしたり、病院の話をしたり他愛のない会話が続いた。

 食事も終盤に差し掛かった頃。

先生が箸を置いてこちらを見た。

「今日は一緒に来れてよかったです」

「私もです」

 即答すると先生はうれしそうに目を細める。

「また誘ってもいいですか?」

「また誘ってくれるんですか?」

「もちろんです。お誘いします」

 また先生と旅行に行ける。

喜びと共に、他の感情も覚える。

恋人ではない自分の立場がもどかしい。

私はもう、先生のことが好きになってしまった。

でも先生は、私のことを本当はどう思っているんだろう。