ミドサーですが、うっかり恋に堕ちまして

 高速道路を走り始めて一時間ほど経った頃だった。

「少し休憩しませんか?」

 高柳先生がそう言ってウインカーを出す。前方にはサービスエリアの看板が見えていた。

「賛成です」

 私も頷いた。朝から少し緊張していたせいだろうか、思った以上に喉が渇いている。

でも、トイレが近くなるといけないから、飲むのを控えていた。

 駐車場へ車を停めると、先生はエンジンを切った。

「何か飲みます? 俺、買ってきます」

「ありがとうございます。でも、私も行きたいです。お手洗いにも行きたいし」

「では、一緒に」

 サービスエリアへ向かった。

 休日ということもあって人が多い。フードコートやコーヒーショップには長蛇の列が出来ている。

トイレ休憩のあと、土産物コーナーを横目に見ながら自動販売機の前で立ち止まった。

「なに飲みます?」

 先生が聞いてくる。

「あ、はい」

 並んだ缶を眺めていると、ある商品が目に入った。

 缶コーヒーだ。

高柳先生がいつも飲んでいて、私にご褒美としてくれた商品。まだ飲まずにとってある。

「俺はこれにします」

 先生はブラックコーヒーを一本取り出す。

「それ、好きなんですか? いつも飲んでるじゃないですか」

 先生は曖昧に微笑む。

「ええ、まぁ。お守りみたいな感じで……」

「お守り?」

 そう聞き返すけど、先生は答えてくれない。

「浅川さんはどれにします? 後ろ、つかえてますから」

 振り返ると、腕組みをした男性が順番を待っている。

私はお茶を選んだ。自分で買うと言ったけど、先生が奢ってくれた。

「どうぞ」

「ありがとうございます」

 ベンチへ腰を下ろし、一口飲む。目の前には青空が広がっている。

絶好の旅行日和だ。

「こういうの久しぶりです」

 ぽつり、と呟く。

「旅行ですか?」

「それもですけど、誰かと泊まり掛けでこんな風にゆっくり出掛けるの」

 先生は少しだけ黙って、それから静かに言う。

「俺もです」

 意外だった。

「先生、友達多そうなのに」

 男友達はもとより。彼女やそれに近い女性がいるのかと思っていた。

「ここ数年は仕事ばかりだったので……」

「そう、ですよね」

 外科医の宿命とでも言うべきか、プライベートを犠牲にして仕事に向き合う先生は少なくない。

高柳先生は人一倍、熱心に仕事をしている姿を私は見てきた。

「でも、浅川さんとの時間はちゃんと作りたくて」

 鼓動が跳ねた。

ーーそれって、私は特別ってこと?

 先生は言ったあとで自分でも気付いたらしく、少しだけ視線を逸らす。

「そろそろ車に戻りましょうか」

「あ、はい」

 旅はまだ始まったらばかりだというのに、先生の言葉に気持ちがいちいち落ち着かない。


 サービスエリアを出発してから一時間ほど。

 窓の外には緑が広がり、街の景色はすっかり姿を消している。

「空気が違いますね」

 窓の外を眺めながら呟く。

「ですよね」

 高柳先生も穏やかに頷いた。

「俺も来るの初めてなんですけど、いろんなサイトでも評判はすごく良かったから」

「そんなに調べてくれたんですか?」

「かなり」

 即答だった。思わず笑ってしまう。

「ひとりで勝手にプレッシャー感じてたから……」

 先生は少しだけ笑う。

「どうしてですか?」

「花火大会の時は散々だったんで、今度こそ喜んで欲しいじゃないですか! だから俺なりに頑張ってみました」

 先生がこの旅行をそんな思いで企画してくれていたなんて。

「すみません。先生の方が忙しいのに気を遣わせてしまって……」

  恐縮する私に先生は小さく首を振った。 

「ぜんぜん、苦じゃなかったです。むしろ楽しみすぎて仕方なかった」