花火大会から二週間後。借りていた浴衣を返すため、芙美を夕食に誘った。
待ち合わせたのは彼女の最寄り駅前にある創作和食の店。
金曜の夜ということもあり店内は賑わっている。
「浴衣ありがとう」
席に着くなり紙袋を差し出す。
貸してもらった浴衣はクリーニングに出し、お礼のコーヒーチケットも入れてある。
「どういたしまして」
芙美は中身を確認すると「わざわざありがとう」と微笑む。
そして、
「で?」
と、私の瞳を覗き込む。
「で?って」
「だから、花火大会どうだったの?」
絶対に聞かれると思っていた。私はジョッキに口を付けながら曖昧に笑う。
「普通に楽しかったよ」
「そう言う事を聞いてるんじゃない」
バサリと切り捨てられる。
「真夏は分かりやす過ぎるから。告白されて付き合う事になった?」
危うくビールを吹きそうになる。
「それはまだ……」
「まだ、ねぇ」
芙美はにやにやしながら私を見つめた。
「真夏もついに長い眠りから覚めたってわけか」
「なにそれ」
「恋愛する気になったんでしょう。なにがあったか聞かせてよ!」
私は観念して花火大会の日の出来事を話し始めた。
高柳先生が緊急手術で遅れたこと。
先に会場へ向かったこと。
人混みで連絡が取れなくなったこと。
必死に探してくれたこと。
「それでそれで⁉︎」
芙美は目をキラキラさせている。
アルコールが入っているからか、親友が嬉しそうにしているからかはわからないけれど、私はさらに話を続ける。
「花火大会の帰りに雨が降ったの」
「うん」
「足痛くなって、おんぶしてもらって……」
芙美の動きが止まった。
「待って! なにその展開。少女漫画?」
その反応に思わず笑ってしまう。
「私もそう思った」
十代の頃憧れたシチュエーション。
でも、さすがに漫画の中だけだと思っていた。
いい大人になって、まさか自分がされる側になるなんて、誰が想像できただろう。
「それでその後は?」
追及が厳しい。
「……雨が激しくなって、仕方なく……ホテル入った」
芙美が固まる。
「……は? ホテル⁉︎」
「いや違うから! 本当に何もなかったの」
「何も? そんな事ある?」
「あるから! 何もなかったから話したんだってば!」
必死に否定するけれど、芙美は信じてくれない。
タイミングよく料理が運ばれてきた。
店員さんが蒸篭の蓋を取ると一気に湯気が立ち上る。
「美味しそう! 熱いうちに食べよう!」
と、話題を逸らした。
やがて話題は自然と松木翔の事へと移る。
「そう言えば、アイツから聞いたよ」
守秘義務があるので黙っていたが、芙美は本人から私の勤める病院に入院した事を聞いていたらしい。
ーー復縁を迫ったこと、話したのかな?
「翔はなんて?」
「んー、まあ色々言ってたかな」
それから芙美は一言、
「がんばったね」
と言った。
それだけで泣きそうになる。
五年前、私がどれだけ傷付いていたかを知っているのは芙美だから。
「決別するの、五年もかかった」
私が苦笑すると、
「ほんとだよ」
芙美も笑った。
「ねぇ真夏、その先生の話しする時さ」
不意に真面目な声になる。
「すごく幸せそうなんだよね」
「そうかな」
「そう」
芙美は迷いなく頷く。
「翔と付き合ってた頃って、なんかいつも無理してそうだったから」
否定できなかった。
好かれようとして、嫌われないようにして、
必要とされようとして、無理して笑ってたから。
私は黙ってグラスを見つめる。
「私は真夏に幸せになって欲しいのよ」
その言葉に私は顔を上げる。
「ありがとう、芙美……」
「努力します、は禁止」
先回りして言われて思わず笑ってしまった。
「幸せになります」
幸せになりたい。先生と……。
食事を終えて店を出た。別路線の芙美と駅前で別れ私はひとりになる。
ホームで電車を待ちながらスマホを取り出す。
ちょうど一件のメッセージが届いている。送り主は高柳先生だった。
《温泉の予約取れました》
短い文章に自然と頬が緩む。
私は小さく息を吐いて返信画面を開いた。
温泉旅行まで、あと少しだ。


