不意に目を覚ますと、見慣れない天井が目に飛び込んでくる。
「……どこだろう」
ぼんやりとした思考のまま瞬きを繰り返す。
「たしか昨日……」
数秒考えて、飛び起きた。
ーーホテルだ。
(昨夜、花火大会の帰りに雨に降られて……)
そこまで思い出したところで、慌てて周囲を見渡す。
ベッドには私ひとり。
部屋の照明は落ちていて、窓がないので朝なのかもわからない。
「先生は……?」
起きて周囲を見渡すと、ソファに先生が寝ていた。
長い脚を窮屈そうに折り曲げて、体には何も掛けていない。
「……体冷えちゃう」
布団を運んで先生に掛けようとした。
無防備な姿。寝顔を見るのはもちろん初めてだ。
眠っている顔は少し幼い。長い睫毛と整った鼻筋。少し伸びた髪。
(かっこいいな……)
素直にそう思う。
そして同時に胸が温かくなった。
何もされなかった。
当たり前のことなのに、この状況ではそれがとてもありがたい。
私の事をちゃんと大切にしてくれたことが嬉しい。
布団をそっと掛けた。
その瞬間、先生の瞼がゆっくり開く。
「あ」
至近距離で見つめ合ったまま、私も先生も動けなくなる。
先に視線を逸らしたのは私だった。
「お、おはようございます」
気まずさを挨拶でごまかす。
「おはようございます」
寝起きの少し掠れた声に色気を感じる。なんだかそれだけでドキッとする。
先生はゆっくり起き上がると肩に掛かった布団を見た。
「掛けてくれたんですか? ありがとうございます」
「いえ、そんな。……きっと寒かったですよね。私がベッドを占領してしまってごめんなさい」
早口で謝ると、先生が困ったように笑う。
「気にしないでください。どこでも寝られるんで」
「でもこのソファ、狭くないですか?」
長身の先生が横になるには明らかに窮屈そうに見える。
「狭かったです」
即答だった。思わず吹き出してしまう。
「じゃあベッド使えばよかったのに」
私の言葉に先生は少し困ったような顔をする。
「使って良かったですか? 一緒に寝ることになりますけど」
「はい。先生となら」
自分でも驚くほど素直に言葉が出る。正直に言い過ぎたかなとも思う。
目の前で先生が固まっている。
数秒前まで寝起きだったはずなのに、一気に目が覚めたような顔をして。
「……スミマセン。私とじゃ、嫌ですよね?」
恐る恐る聞く。
「違います!」
先生は慌てたように首を振る。
「その逆です。でも成り行きみたいなのは嫌なんです」
先生らしいと思った。
ホテルに泊まったからといって簡単に距離を縮めてくる人じゃない。
「だから改めて誘います」
急に改まって先生は言う。だから私も真剣に答える。
「はい」
「温泉とかどうですか? もちろん、泊まりで」
断る理由なんてない。
「いいですね」
「本当ですか?」
「はい、本当に」
また次の約束ができたことが嬉しい。
すると先生が少しだけ安心したように息を吐いた。
その表情を見て気付く。
(緊張していたんだろうな)
いつも余裕があるように見える先生が、私の前では素の表情を見せてくれる。
それがなんだか愛おしかった。
「温泉楽しみにしてますね、先生」
だから私も素直な自分でいようと思った。
「浅川さんにそう言われるとプレッシャーだなぁ」
そう言って笑う。
この笑顔を見ていると、胸の奥がじんわりと温かくなる。苦しいような切ないような、でも、幸せなこの気持ち。
昨日までは認めないようにしていた。
年齢差とか、立場とか。色々な理由を並べて誤魔化していた。
けれど、もう無理かもしれない。
この人といる時間が好きで、笑顔が大好きで、もっとずっと一緒にいたいと思ってしまう。
――私は高柳先生のことが好きだ。


