ミドサーですが、うっかり恋に堕ちまして

 帰りの車内は、不思議なくらい静かだった。

カーオーディオからは小さな音量で洋楽が流れているだけ。

気まずさは感じない。

あえて言葉を交わさないのは先生の配慮だと分かるから。

たくさん歩いて、たくさん笑って、美味しいものを食べて、心地のいい疲労感に体が満たされている。

窓の外では、夕暮れの海がオレンジ色に染まり始めていた。

水平線へ沈みゆく太陽を見ているとセンチメンタルな気持ちに襲われる。

「……まだ帰りたくないな」

 ぽつりと呟く。

 高柳先生がハンドルを握ったまま、少しだけ目を細めた。

「ですね……」

「ですよね。今日は、本当にありがとうございました」

 改めて言うと、高柳先生が少し驚いたようにこちらを見る。

「こちらこそです」

「楽しすぎました」

「俺のほうが楽しかった。浅川さんずっと楽しそうに笑ってくれたから」

 そんなふうに言われると照れる。

窓の外へ視線を逃がすと、先生が小さく笑った気配がする。

「……でも意外でした」

「何がですか?」

「浅川さん、もっと出不精かと思ってました」

「否定はしません」

 むしろ休日は家から一歩も出ないことだってある。そんな生活を長く続けてきた。

「一日中外だったけど、大丈夫でした?」

「もちろんです。海、久しぶりだったし……おひとりさまに慣れてたけど、ふたりも楽しいですね」

 高柳先生が一瞬だけ黙る。

それから、少し照れたように笑った。

「……よかった」

  車は高速道路へ入る。窓の外の景色がゆっくり流れていく。

しばらくして、眠気が押し寄せてくる。きっと朝早くから起きていたせいだろう。

「眠いですか?」

 すぐに気づかれて急いで否定する。

「……まさか、そんな」

「寝ていいですよ」

「でも先生、運転中なのに」

「俺は平気です」

 渋滞にはまると高柳先生がこちらを見た。

「安心して寝てください。ちゃんと送るんで」

 その言い方があまりにも自然で胸がきゅっとする。

「出来るだけ頑張りますけど、もしもの時は……」

「すみません」そう言ってシートへ身体を預ける。

エアコンの温度も心地いい。隣には高柳先生がいる。

それだけで、不思議なくらい安心できる。

薄れていく意識の中、「次も楽しみですね」そんな声が聞こえた気がした。

でも私は返事をする前に、静かに眠りへ落ちていった。