ミドサーですが、うっかり恋に堕ちまして


  来た道を戻りながら、海沿いのカフェへ入る。

予約してくれていたのは窓際の席だった。

目の前には、青い海と空しか見えない。白いカーテンが潮風に揺れている。

「……ステキ」

 思わず声が漏れる。

東京とは違う時間が流れているみたいだった。何もしなくても、ただ座っているだけで満たされる。

「そうですね」

 高柳先生も小さく頷く。

「こういう休日も、たまにはいいと思いませんか?」

「はい。毎日時間に追われてると、“何もしない時間”って贅沢なんだなって思います」

 アイスコーヒーの氷が、カランと涼しげな音を立てた。

「お待たせしました。マグロのポキ丼です」

 店員さんが料理を運んでくる。

三崎港で水揚げされた新鮮なマグロがたっぷり乗っていて、見るだけで食欲をそそられた。

高柳先生はパスタを頼んでいる。たっぷりなったシラスがとても美味しそうだ。

「浅川さんのも旨そうですね」

「シェアします?」

「します!」

 結局、二人でシェアしながら食べることになった。

「……美味しい」

「はい。ポキ丼もめちゃくちゃ旨いです」

 自然と笑みが零れる。

二人で他愛もない話をしながら食べる時間が、なんだかとても愛おしかった。

 食事を終えたあと、私たちは海辺をゆっくり歩いた。

波打ち際ではしゃぐ子供たちに送る視線が優しい。

きっといい父親になるだろうなと、想像する。

「……ん? どうかしました?」

「い、いえ」

 見つめていたことがバレて、慌てて視線を逸らす。

 その時、海沿いに立てられたポスターが目に入った。

「あ、花火大会」

つい足を止める。

 “三浦海岸納涼まつり花火大会”と書いてある。

「来週末か……」

 高柳先生が隣で呟いた。

「きれいだろうなぁ」

 河川敷の花火大会には行ったことがある。

でも、海で見る花火はきっと全然違う。

夜の海に映る光を想像して、少し胸が高鳴った。

「……来ます?」

「え?」

「花火大会。一緒にどうですか?」

 さらっと言う。

でも、その横顔を見た瞬間分かってしまった。

先生はかなりムリをしている。

「もし行くなら、遅くても十八時には病院出ないとですよね」

 こんな時まで現実的なことを言う自分が少し嫌になる。

でも、金曜日に定時で帰れた試しなんてない。

「私は夜勤明けだから大丈夫なんですけど、先生は……」

「どうにかします!」

 即答だった。

思わず吹き出しそうになる。

「浅川さんの浴衣、見たいですし」

「浴衣、ですか?」

 満面の笑みを向けられて、一気に顔が熱くなる。

ずるい。

そんな顔されたら、断れない。

「……じゃあ、浴衣着ていきますね」

「やった!」

 本気で嬉しそうに笑うから困る。

私は誤魔化すようにもう一度ポスターへ視線を戻した。

夜の海、花火、隣に高柳先生。

想像しただけで、来週が待ち遠しくなる。