三浦半島は都心から割と近い。それなのに今まで来たことがなかった。
最初に向かったのは城ヶ島。
車を降りると、強い日差しに目を細める。
同時に潮風がふわりと髪を揺らした。
気温は高いけれど、海風が心地よい。
岩場へ打ち寄せる波の音を聞きながら、少し歩く。
「せっかくだし、写真撮りませんか?」
「写真ですか?」
「はい。灯台バックに、どうですか?」
そこで、ふと思う。
一人旅に慣れすぎて、自分を写した写真なんてないに等しい。
景色か料理ばかり。
気づけば“自分が写っている思い出”はまるでない。
でも、
――二人なら、撮れるんだ。
「……気が進みませんか?」
高柳先生が少し不安そうに聞く。
私は小さく首を振る。
「いいえ」
それから、少しだけ照れながら付け足す。
「せっかくなので、一緒に。あ、もちろん先生一人でも……」
先生の表情がパッと華やいだ。
「いいえ、ぜひ一緒に撮りましょう!」
近くにいた観光客に声を掛け、スマホで写真を撮ってもらう。
「もっと寄ってください!」
次の瞬間、高柳先生が自然に私の肩を引き寄せた。
一気に近づく体温。恋人みたいな距離に、思わず身体が強張る。
「すみません。でも今日くらい無礼講ってことで」
「あはは……なんですか、それ」
――敵わない。でも、嫌じゃなかった。
むしろ嬉しいと思ってしまった自分に驚く。
「"デート"ですもんね」
私はそっと高柳先生の腕へ自分の腕を絡める。
すると先生が一瞬だけ目を見開く。
その反応がおかしくて、思わず笑ってしまう。
「はい、撮りますよー!」
シャッター音が響く。
潮風が吹き抜ける。
きっと今の私は、かなり幸せそうな顔をしている。
「ありがとうございました!」
撮影してくれた人へ二人で頭を下げる。
そのあと高柳先生がスマホ画面を覗き込み、小さく笑った。
「うわ、めちゃくちゃいい」
「……ほんとだ」
そこに写っていたのは、まるで仲のいい恋人同士みたいな私たち。
笑顔の私と隣で優しく目を細める高柳先生。
なんだか見ているだけで恥ずかしくなる。
「これ、待ち受けにしてもいいですか?」
「えっ?」
思わず顔を上げる。
「だってすごくいい感じじゃないですか」
高柳先生が楽しそうに笑う。
「そう思いません?」
「そ、それは……思いますけど」
待ち受け――つまり毎日、何度も見るということだ。
そんな場所に、私の写真なんか置いていいのだろうか。
申し訳ない。でも、少し嬉しい。
「画像送りました。確認してください」
「あ、ありがとうございます」
「浅川さんも待ち受けにどうですか? 設定しましょうか?」
「ええと、はい」
「スマホ貸してください」
あまりにも自然に言われて、つい素直に差し出してしまう。
高柳先生は私のスマホを受け取ると、慣れた手つきで画面を操作する。
「はい、完了」
「え、ほんとに設定したんですか?」
「しました。ちょっと待ってください」
そう言って、先生は自分のスマホを取り出すと同じ写真を開き、そのまま待ち受けへ設定した。
「おそろいですね」
楽しそうに笑う。
私は顔が熱くなるのを止められない。
「いいんですか? そんな……」
「嫌ですか?」
「嫌じゃないですけど……!」
だってこれじゃ、本当に恋人みたいだ。
すると高柳先生が少しだけ視線を逸らした。
「……俺、こういうの初めてです」
「え?」
「待ち受けに誰かとの写真使うの」
意外だった。もっと慣れている人だと思っていたから。
「初めてが私なんかでいいんですか?」
「もちろん! なんか、久しぶりのデートなので浮かれてるのかも。ウザかったらスミマセン」
そう言って照れたみたいに笑う。
ズルい。こんなの、嬉しくならないわけがない。
「さて。そろそろお昼にしましょうか。お腹すいてます?」
「はい、ぺこぺこです」
朝は支度に時間がかかってしまって実は食べていない。
私たちは駐車場に戻ると車へと乗り込んだ。


