ミドサーですが、うっかり恋に堕ちまして



 やがて車は高速道路へ入った。

どうやら神奈川方面へ向かっているらしい。

しばらくはカーステレオから流れる曲を聴いていた。

少し懐かしいレゲエサウンド。海辺で聴きたくなるような、心地よいリズム。

沈黙が気まずくない。

むしろ、高柳先生の隣だと不思議なくらい落ち着く。

そうこうしているうちに車は渋滞へはまってしまった。

「休みの日って何してるんですか?」

 唐突に高柳先生が聞く。

「私は……掃除と洗濯して、スーパー行って作り置きして。気づいたら休み終わってます」

「なんか想像できます」

 先生が小さく笑う。

「堅実な生活ですね。浅川さんらしい」

 否定されなかったことが少し嬉しい。

 でも、

「地味ですよね」

 そう言いながら、自分でも苦笑する。

 別にキラキラした生活に憧れているわけじゃない。

 ただ、つまらない休日だなとは思う。

 すると高柳先生が否定するように首を振った。

「そんなことないですよ。俺は好きです。そういうの」

「え?」

「一緒に買い物して、料理して、のんびり過ごす休日って理想じゃないですか」

 どくん、と胸が高鳴る。

(それは、私とそうしたいってこと?)

 そこまで考えて、慌てて思考を振り払う。

「せ、先生は? 休みの日、何してるんですか?」

「俺はジム行って、飯食って、配信でドラマ観たり」

「そうなんですね! なんか想像通りだったかも」

 高柳先生は着やせするタイプだ。

白衣だと分かりにくいけれど、意外としっかり筋肉がついている。おそらくちゃんと鍛えているのだろう。

ストイック。なのに、唐揚げに大量こマヨネーズをつけるところは妙に子供っぽかったりする。

そういうギャップが、なんだか先生らしい。

「先生っぽいです。今どきの若い人って感じ」

「若いって言っても、浅川さんと三つしか変わらないですよ」

「まぁ、そうなんですけど……」

 三年。数字だけなら大差ない。

でも三十代前半と後半って、結構違う。

“高齢出産”なんて言葉も現実味を帯びてくるし、健康診断の項目だって変わる。

最近は疲れも抜けにくい。肌のハリだって……。

「気になります?」

 不意に聞かれて顔を上げる。

高柳先生は前を向いたまま、穏やかな声で続けた。

「俺、気にしたことないですけど」

「……」

「浅川さんといると楽しいし、自然体でいられるし」

 慰めとか、気遣いじゃなく。

本当にそう思って言っている気がした。

「……私も」

 小さく呟く。

「先生といると楽しいです」

 この気持ちには、もう嘘をつけなかった。

すると高柳先生が少しだけ目を細める。

「ありがとうございます。そろそろかな……」

「?」

 車が海沿いの道へ出た。

その瞬間、窓の向こうに青い海が広がる。

「うわぁ……!」

 思わず声が漏れた。

陽射しを反射してきらきら光る水面。白い波と潮の香り。

「よかった。反応が想像以上」

 高柳先生が嬉しそうに笑う。

「だって、本当に綺麗なんですもん!」

 海を見たのは久しぶりだった。

最近の旅行といえば、山間の温泉ばかり。

――そうか、だから海を選んでくれたんだ。

 私の話をちゃんと覚えていて、そのうえで、今日の予定を考えてくれた。

「海で正解でしたね」

「さすが先生!」

「外科医も伊達じゃないでしょう?」

「そこ関係あります?」

「ないか。ハハハ」

 でも、きちんと情報を拾って、必要なことを考えて、先回りして準備する姿勢は確かに先生らしいと思った。