ミドサーですが、うっかり恋に堕ちまして



 来客用駐車場には、黒いSUVが停まっている。

 運転席側にもたれていた高柳先生が、私に気づいて車から離れる。

白のTシャツに、涼しげなリネンシャツ。ゆったり目のブルーデニム。

きちんと感のあるカジュアルが、この人には驚くほど似合う。

一瞬、見惚れてしまった。

「ゆっくりでよかったのに。急がせてしまったみたいですみません」

 高柳先生が少し申し訳なさそうに笑う。

「もう準備できていたので大丈夫です」

「その服……」

 不意に言葉が止まる。

「……変ですか?」

 急に不安になって尋ねる。すると高柳先生が、ぶんぶんと首を横に振った。

「まさか。すごく似合ってます。メイクも、いつもと違う」

 気づいてくれた。

でも、じっと見られて少し恥ずかしい。

「あ、ありがとうございます。ワンピース、駅ビルで見つけて買っちゃいました」

「今日のために?」

 先生は目を見張った。

「はい」

「……まじか」

 小さく呟いてふいっと視線を逸らす。気のせいか少し耳が赤い。

「先生?」

「すみません、嬉しすぎて。行きましょう」

 そう言って助手席のドアを開けてくれる。

「どうぞ、お姫様」

「ちょ、冗談やめてください!」

 さらっと恥ずかしいことを言うから困る。

 誤魔化すように助手席へ乗り込むと、この前より車内が綺麗になっている気がした。

「浅川さん乗せるので昨日掃除しました」

 ――隠す気ゼロなの?

 思わず笑ってしまった。

きっとこの人は、嘘がつけない。だから一緒にいて安心するのだろう。

「忙しいのにありがとうございます。嬉しいです」

「俺が誘ったんで。当然です」

 そう言いながら、高柳先生がドリンクホルダーを指差した。

「お茶も買っといたんで、よかったら飲んでください」

「ありがとうございます」

「どういたしまして」

 エンジンがかかる。

私はシートベルトへ手を伸ばした。けれど少し捻れたベルトがうまく引き出せない。

「あれ……」

「かしてください」

 高柳先生が身を乗り出すと、一瞬で距離が近づいた。

洗いたてみたいな柔らかい香りが鼻腔をくすぐる。

 長い指がシートベルトを引き出し、そのままカチリと留めた。

「これでよし、と」

 近い、近すぎる。

 呼吸すら意識してしまうほど。

「……ありがとうございます」

 それだけ言うのがやっとだった。

 けれど高柳先生は平然と運転席へ戻り、カーナビを操作する。

「じゃあ、行きますか」

 車はゆっくり走り出す。 窓の外を、夏の街並みが流れていく。

「そういえば、どこへ連れて行ってくれるんですか?」

「まだ秘密です。着いてからのお楽しみ」

 高柳先生は、私の好きな食べ物や旅行先を聞いたうえで今日の予定を考えたと言っていた。

 だから私は、行き先を知らない。

 でも、それでよかった。

 仕事では毎日、決断ばかりしている。

 判断すること。

 責任を背負うこと。

 誰かの命に向き合うこと。

 気づかないうちに、ずっと気を張っていたのかもしれない。

 だから、

『任せてください』

 そう言ってもらえたことが、思った以上に嬉しかった。