腹黒外科医に唆された件~恋人(仮)のはずが迫られています~

「私も堪らないくらい愛しているの。だから——……」

 今すぐキスをしてほしい。そう言おうとしたら、その口を塞がれた。

 忘れたい人がいる。憎悪という感情すら消して、初めからいなかったことにしたい。今日は、そんな日に相応しい。

「尚史さんだけを見ていたい」

 感じていたい。囚われたい、なんて、ようやく手にした自由を放棄しているみたいで、おかしかった。だけど今だけは……。

「そんなかわいいことを言われると、あとが大変だぞ」
「いいの。今日は私もそんな気分だから」
「……自棄にはつき合いたくない」
「自棄じゃないよ。新しい自分になるためのっていうと重いけど、そんな感じなの」

 言葉足らずだったけど、それだけで尚史さんは理解してくれた。私の首筋に顔を埋め、「それなら、俺の時もつき合ってもらわないとな」といい、強く吸われた。

 今日は大嫌いな姉に別れを告げ、大好きな尚史さんの腕の中で眠る。ずっと願っていた自由と幸せが、もうすぐ訪れるような気がした。あと少し……あの少しの辛抱だ。

 そしてそれは、意外と早くやって来た。半月後、芳口病院がゴタゴタしている隙に、尚史さんはこっそりと退職。逃げるように私たちは、遠くの街へと引っ越したのだった。