腹黒外科医に唆された件~恋人(仮)のはずが迫られています~

「表面上は、な。だから弦は、役者が揃ったって言ったんだ。あの時、俺もその場にいた。最初にお前が湊に乗り換え、俺が弦を唆し、湊が決定打を放った。それが、今回の轢き逃げ事故の詳細だ」
「私は尚史さんの名前を出さない条件で、示談を速めたけど、弦さんを恨んではいないの。分かるでしょう? そうなった原因を作った人たちが、何もお咎めもなく、幸せになろうとしている。そっちの方が許せなかったからだよ」

 弦さんだけじゃない。尚史さんと私を踏み台にしている、湊さんと姉が嫌だったのだ。だけど轢き逃げ事故は、示談で幕を引いてしまったから、もう何もできない。

「裁くことができないのなら、せめて事実を公にしたかったの。弦さんはその矢面に立ってくれたんだよ。今日だって、尚史さんと弦さんに、来ちゃダメだって言われていたんだけど……私にも見届ける資格はあるんじゃないかと思って」

 だけどお姉ちゃんがここにいる時点で、台無しになった。お姉ちゃんと湊さん。二人揃わなければ、意味がないのに。

「分かるだろう? いくらお前が俺や弦を悪者に仕立てても、栞の考えは変わらない。湊の評判も、どんどん悪くなっている。お前が言った通り、もう芳口病院は終わりだ」
「お姉ちゃんもね」
「なんで私が。まだ湊さんと結婚していないのよ」
「忘れたのか? 弦は「元カノ」「俺の女」と言っていたんだぞ。ただの身内の喧嘩で済ませていない。弦と湊の間に、誰かいたことを口にしたんだ。そしてその直後、お前が出てきた。事情を知らない人間が見ても、それがお前だと分かるだろうよ」
「っ! 悪手だった……ってこと?」

 保身に走り過ぎた、末路ともいえる。

「分かったら、さっさと戻ったらどうだ? 湊はあぁいう場に慣れていないんだ。お前と違ってな」

 支えてやれ、というのは、尚史さんなりの優しさなのかもしれない。けれど私は、姉に対する同情心など、微塵も湧きあがらなかった。

「さようなら。もうお互い大人なんだから、それぞれの道を生きようよ」

 その道が再び交差しないことを、願いたい。

 私は尚史さんに視線を向け、姉に背を向けて歩き出す。姉は……私が車に乗っても、もう追いかけてくることはなかった。