腹黒外科医に唆された件~恋人(仮)のはずが迫られています~

「それによって、策を練る方向性が変わってくるからな。自由といっても、様々なパターンがある」
「たとえば?」
「遠くに引っ越すとか。相手をどうにかするんじゃなく……ようは逃げだな」
「今はそんな手立てがないよ」

 その手は、真っ先に浮かんでは消えていった案だ。結局、自分の安月給では食べていけないと思い、断念したのだ。

「金のことは心配しなくていい。これでも医者だからな。給料はいいし、どこへ行ってもやっていける」
「私は……無理だよ。中卒だもの。このご時世、どこも取ってくれないよ」

 独り立ちしたい、と考えつつも、それができなかったのは、何も給料の問題だけではなかった。高卒が当たり前の時代に、中卒で雇ってくれる場所は貴重なのだ。それも正社員で。

「だが、事務職なんだろう?」
「そう、だけど……」
「なら問題ないな。だが、引っ越しはまだ先の話だと思っていてくれ」
「えっ、何が問題ないの? 大いにあるよ」
「そうか? 医者の勤務先は、色々あるんだよ。開業はできなくても、離島とか、小さな村の診療所とか、な。独身者が多いが、夫婦同伴がダメだとは書かれていないから。さすがにそういう場所まで追いかけては来ないだろう」

 ふ、夫婦!? いやいや、恋人なんだから、その先を考えれば、そうなんだろうけど。展開が急すぎて、頭がついていけなかった。