指先で恋を伝えて



その手は、いつもと変わらなかった。
大きくて。
優しい。

『はい、少し』
私は、手話で返す。
ぎこちない手話を見て、雅人さんが小さく笑った。

『美味しいもの、食べるんだから、楽しんで』

手の動きは、前より少しだけ読み取れる。
肩の力が抜け、細く息を吐いた。

そのとき、違うテーブルに居た壮年の男性が立ち上がり、私たちの席に近づいてきた。
その男性の腕に嵌められた時計は、誰が見ても高いものだ。

「神崎専務、先日はお世話になりました」

雅人さんは慣れた様子で微笑みながら応じている。

その姿を見ていると、急に現実を突きつけられた気がした。
私は小さな個人サロン。
雅人さんは地元有名企業の専務。
親切にしてもらえているからって、”何か”を期待してはいけない。
そう自分に言い聞かせる。

男性が過ぎ去ったあと、ワインが注がれる。
そのグラスへ伸ばした私の手が、少しだけ震えていたのかもしれない。

『どうしたの?』

雅人さんの手が動く。
優しいその動きに、胸が苦しくなった。