イケメン義弟に何度お見合いをさせても、フラグを折って戻ってきてしまいます

 そして二ヶ月後。
 アリスターシャはすこぶる上機嫌だった。
 産まれた時から仕えてくれている侍女のメイサに「アリスターシャ様、何も喋っていない時にまで満面の笑顔を浮かべていらっしゃると不気味です」と苦言を呈されたが、無視である。
 舗装されていない道を馬車に揺られての長旅も、着古された侍女の衣装に袖を通していることも気にならない。あ、腰はかなり痛い。
 それでも、またセレンナーグの婿入り先候補が見つかった喜びに比べれば、腰痛なんて何のそのである。
 笑み崩れているアリスターシャとは対照的に、セレンナーグは頬杖をつき、不満を隠そうともしない面持ちで窓の外に視線を投げている。
 あからさまにご機嫌斜めだが、そこは麗しの美形。眉間にしわを寄せていても、翡翠の瞳が尖りを帯びていても、唇が真一文字を描いていても、一服の絵画のように様になっているのだった。
 黒地に金刺繍の施された詰襟の礼服が、またよく似合っている。

「……姉上、嬉しそうですね」

 こちらを一瞥もせず、セレンナーグが呟いた。

「そりゃあ嬉しいわよ。この間断られたヒューゼル家より、さらに条件のいい婿入り先だもの」
「侯爵家なんて、後妻の連れ子の僕には荷が重すぎますよ」
「あなただって実のお父様は男爵でしょ。爵位持ちじゃない。大丈夫、あちらから是非にと乞われてのお見合いだもの、もう上手くいく気しかしないわ」
「楽観的ですね」

 皮肉げにそう笑われたので、

「なによ、あなたを信じてるのよ。こーんなにかっこいいんだもの」

 と返してやると、セレンナーグは押し黙り、さらに窓の外を向いてしまう。
 ――我が弟ながら、ちょろい。
 なにしろ姉であるから、アリスターシャはセレンナーグを動かすツボを心得ているのだ。

 あの日、結局セレンナーグはアリスターシャの『お願い』に折れた。
 新しいお見合い先を見つけてきたら断らない、との言質を取ったアリスターシャは、セレンナーグの相手探しに奔走した。彼を伴って大嫌いな夜会に顔を出し、友人知人顔見知りに頭を下げ、義弟を売り込んでいると、背後から視線を感じた。
 給仕から新しい飲み物のグラスを受け取るふりをしながら振り向くと、勢いよく目を逸らした令嬢が一人。
 アリスターシャの第六感が働く。
 ――セレン、と肘で腰の辺りをつつくと、夜会用に前髪を上げ、男ぶりの増したセレンナーグは、アリスターシャの目くばせに「仕方ありませんね」と囁いて、過たず目当ての令嬢の元へと歩み寄っていった。
 それからとんとん拍子に話は進み、本日、お日柄もよき王国建国記念の日、アリスターシャたちは新たなる婿入り先候補のイデス侯爵領へと向かっているのである。
 今まではセレンナーグと両親だけでお見合いに行かせていたのだが、今回はもう失敗できないと、アリスターシャも侍女に化けて乗り込むことにした。
 侯爵令嬢ミクリアルには顔が割れているから、化粧と眼鏡、それに茶金髪の鬘で誤魔化している。硬質で真っ直ぐな髪はアリスターシャの憧れだ。知らず知らず鼻歌まで口ずさんでしまう。
 
「楽しそうですね、姉上」

 ふと隣を見やると、恨みがましげな翡翠の瞳がアリスターシャを睨んでいた。
 
「楽しいに決まってるじゃない。我が家の将来が薔薇色になるかどうかは、あなたにかかってるのよ」
「……僕は楽しくない。昨日今日会ったばかりの子と結婚なんて考えられない」
「二ヶ月前に会った子だから平気よ」
「屁理屈!」

 セレンナーグは乱暴に脚を組み替えて、また窓の方を向いてしまう。
 アリスターシャは、なだめるようにその膝頭を軽く叩いた。
 
「あなただけが頼りなのよ、セレン」
「……姉上は」
「うん?」
「リンデンの家のことが一番なんですね。売られる僕の気持ちなんか、ちっとも考えてない」
「セレン様、それは言い過ぎですわ」

 今まで沈黙を貫いていたメイサが咎めるように口を挟んだのを、アリスターシャは首を振って制した。

「――そうね」

 セレンナーグの膝から手を離し、代わりに簡素なエプロンスカートを握りしめる。

「私が売れ残ったものだから、買い手がつくあなたが売りに出される。悪いと思ってるわ」
「そんな意味で言ったんじゃありません」
「いいのよ。どう言葉を繕ったって、意味は同じだわ。でもね、家名を残したいから、あなたに婿入りして欲しい訳じゃないの。……生活を守りたいのよ」
「生活?」
「そう。どうしようもないけど憎めないお父様がいて、ちょっとお気楽な気質のお義母様がいる我が家。私とあなたが育ったおうち。無くしたくないのは、そんな毎日なのよ。一度失ったら、きっともう戻ってこないわ」

 没落すれば、雪崩のように日常は崩れ去る。今ある笑顔は消え、遠からず家族は散り散りになるだろう。最悪、命さえも奪われる。
 アリスターシャたち一家だけの問題ではない。領民だってどうなるかわからない。
 アリスターシャはそんな最悪な未来が訪れるのを回避したいのだった。
 真摯な気持ちが伝わったのか、セレンナーグは小さく溜め息をついて「……分かりましたよ」と頷いた。


 ※

 
 頷いたはずだったのに、

「――それは私の自慢のアリスターシャ姉上が得意としているのです」

 ――こいつ……!!
 アリスターシャはセレンナーグの背後に立ち尽くし、鬘の長い前髪で表情を隠しながら、わきあがる怒りをおし殺すしかなかった。