イケメン義弟に何度お見合いをさせても、フラグを折って戻ってきてしまいます

 グログラード公爵家の醜聞は、一時、王国を揺るがす程の騒ぎとなった。
 その陰に隠れるようにして、アリスターシャ・リンデン伯爵令嬢の婚約解消と、彼女の元婚約者モルド・ロレインの逮捕が社交界を駆け巡った。
 婚約証書の取り下げは各々の代理人によってあらかじめ協議決定されていたため、婚約解消後の逮捕となったが、やはり人々は口さがない。
 アリスターシャは心労を理由に――実際は、面白おかしく噂されたり、上っ面だけの同情をされたりするのに耐えかねて――領地の館へ静養に出た。
 こまごまとした後始末と、『かつて同じ宝石鉱山を有していたため、発掘作業に知識がある』リンデン伯爵家とヒューゼル伯爵家の、ニデル地方の鉱山開発共同事業のために、本邸のある王都とニデル地方を駆けずり回っていたセレンナーグがアリスターシャの元に顔を出したのは、冬の足音が忍び寄ってきた時節だった。
 義弟が先触れもなく来訪した時、アリスターシャは部屋に引きこもっていた。
 降雨量の少ない地方にも関わらず、珍しく長雨が続いたのち、晴れ間が差したある日の正午の話だった。
 
「ご機嫌よう、姉上」
「ご機嫌はよくないのよ。もう、面倒くさくて消えてなくなりたい」
「姉上にしては、やけに後ろ向きな発言じゃないですか」
「……あなたは元気そうね。おんなじように渦中の人なのに」
「人の噂話なんて、すぐに別の話題に取って代わりますよ。ほら、外へ出ましょう。太陽の光を浴びれば気分も晴れますよ」
「いやよ、ここで腐ってたい」

 ()()グログラード公爵夫人に声をかけられた、リンデン家のもう一人の話題の人物は、他人の評価など頓着しない、と言いたげに明るく微笑んでみせた。
 半ば無理やり、中庭へ連れ出される。
 確かに、やや冷たくも清々しい風を頬に受ければ、落ち込んでいたアリスターシャの心にも小さな灯りがともるようだった。
 
「ありがとう、少し元気が出たみたい」
「それは何よりです」

 使用人が押しつけてきた昼食入りのバスケットの中身を、地面に広げた敷物の上に甲斐甲斐しく広げていきながら、セレンナーグは頷く。
 薄切りの燻製肉とチーズと野菜がふんだんに挟まれたパン、甘いシロップの入った炭酸水に浸された色とりどりの果物、温かい南瓜の裏ごしスープ。全部アリスターシャの好物ばかりだ。特に炭酸水のデザートは、ここの使用人が知るはずのないものだから、セレンナーグがわざわざ用意してくれたのだろう。
 向かい合わせになって食事を摂る。
 言葉少なに近況を問うアリスターシャに、セレンナーグもまた端的な内容で返す。
 次第にどちらも口数が減っていき、アリスターシャが手つかずの食べ物の多さに視線を落とした瞬間、セレンナーグが居住まいを正した。

「姉上も僕も、お相手がいなくなりましたね」
「……そうね」

 慎重に相槌を打つと、セレンナーグは両の拳を膝の上で握った。緊張した素振りだ。アリスターシャもこっそり息を呑み、続く台詞を待つ。

「だから、――あまりもの同士まとまったらいいじゃないですか」

 ――やり直し!
 アリスターシャは内心で駄目出しをしつつ、口に出しては別のことを言った。

「……もう少しましなプロポーズの言葉はくれないの?」
「っ、好きです。あなたが好きです、もうずっと前から。僕と結婚してください、僕を幸せにしてください。あなたのことも必ず幸せにしてみせます」

 アリスターシャの言葉尻にかぶせるように言いつのったセレンナーグに、婚約解消の痛手を癒していたリンデン伯爵令嬢は吹き出した。久しぶりの、心からの笑顔だった。

「はい。お受けしますわ、セレンナーグ様」

 正直、恋であるのかと問われれば首を傾げてしまうが、アリスターシャが一番愛しているのはこの義弟だ。
 ならば、この答えが正解なのだろう。
 セレンナーグは翡翠の双眸を零れんばかりに見開いて、それから膝立ちになり、押し倒さんばかりの勢いでアリスターシャを抱きしめた。

「ちょっと、食べ物がめちゃくちゃになるわよ!」
「姉上、姉上、姉上!」
「姉上じゃないでしょ」
「……アリスターシャ……!」

 耳の奥へ流し込まれた自分の名前に、うっかりときめいたのはアリスターシャだけの秘密だ。