翌日。
紬は指定された住所を見上げ、完全に固まっていた。
「……ここ?」
都心一等地の高級タワーマンション。
ガラス張りのエントランス。
静かに流れるクラシック音楽。
高級ホテルみたいな香り。
場違いすぎる。
紬は自分のパンプスを見下ろした。
擦り切れた安物の靴。 今すぐ帰りたくなる。
でも、帰ったところで待っているのは狭いワンルームと支払い通知だけだ。
深呼吸して、エントランスを抜ける。
床に映る自分の姿が、妙に小さく見えた。
「朝比奈様ですね」
「あ、はい……」
受付スタッフに案内され、専用エレベーターへ乗り込む。
上へ、上へと昇っていく感覚に、紬は落ち着かなくなる。
エレベーターの壁に映る自分を見て、急に不安になった。
こんな場所、本当に自分が来ていいんだろうか。
やがて扉が開いた瞬間、紬は息を飲んだ。
広い。
玄関だけで、自分のアパートより広そうだった。
黒とグレーを基調にした空間に、大きな窓の向こうに広がる東京の景色。 現実感がない。
「こちらへどうぞ」
案内してくれた女性は、黒髪を綺麗にまとめた美人だった。 無駄のない所作は、まるでドラマの秘書みたいだ。
「秘書の橘と申します」
「よろしくお願いします……」
通されたリビングはさらに広かった。
そして、窓際に一人の男が立っていた。
紬は思わず足を止める。
背が高い。
百八十センチを超えていそうな長身。
黒いスーツを隙なく着こなした姿は、雑誌から抜け出してきたみたいだった。
整った横顔。 高い鼻筋。 切れ長の目。
綺麗なのに、近寄りがたい。
その男がゆっくり振り返る。
視線が、真っ直ぐ紬を捉えた。
