終電間際のコンビニは、いつも少しだけ世界から切り離されている。
蛍光灯の白い光。
コーヒーマシンの蒸気音。
揚げ物の油の匂い。
日付が変わる頃になると、店に来る客はだいたい決まっていた。
酔った会社員に、疲れ切ったタクシー運転手、無言で缶チューハイを買っていく男。
紬はその全員に同じように頭を下げる。
「ありがとうございました」
笑顔も声色も、全部“店員用”だ。
本当は今すぐ座り込みたいくらい疲れているのに。
「朝比奈さん、これ品出しお願い」
「はい!」
返事をして動きながら、紬は小さく息を吐いた。
昼間の言葉が、まだ耳の奥に残っている。
――契約終了になります。
飲み物を並べながら、紬はぼんやり値札を見る。
最近、コンビニで物を買うことも減った。
廃棄でもらえるおにぎりを翌日の昼に回すことが増えている。 新作スイーツのポップを見ても、「おいしそう」より先に「高い」が浮かぶ。 少し前までは違ったのに。
父が借金を抱える前は、もっと普通の生活をしていた。
友達とカフェに行って。 好きな服を買って。 ネイルをして。 そんな小さな贅沢を、当たり前みたいに楽しんでいた。
今は、五百円使うだけでも躊躇う。
レジ横のガラスに映る自分は、ひどく頼りなく見えた。
その時、自動ドアが開いた。
冷たい夜風と一緒に、一人の男が入ってくる。
高級そうなスーツに少し緩められたネクタイ。
目元には疲れが滲んでいたが、それでも周囲から浮くほど整った顔立ちだった。
紬は無意識に視線を奪われる。 綺麗な人だ、と思った。
モデルみたい、というより、もっと冷たくて完成された感じ。 近づくだけで緊張するような空気をまとっている。
「ホットコーヒーL」
低い声。
「あ、はい」
慌ててカップを渡す。
男の手は驚くほど綺麗だった。
長い指に整った爪。 生活感のない手だ。
自分の荒れた手を見られるのが急に恥ずかしくなって、紬はユニフォームの袖を引っ張った。
男は会計を済ませながら、ふと紬の手元を見た。
一瞬だけ、眉が動く。
紬はなぜかその視線に胸がざわついた。
「ありがとうございました」
男は軽く頷き、店を出ていく。
たったそれだけ。 なのに、なぜか少しだけ印象に残った。 「……イケメンだったねぇ」
隣でレジをしていた大学生アルバイトが小声で言う。
「え?」
「ほら今の人。芸能人みたい」
「……そうだね」
紬は曖昧に笑った。
でも本当は、“イケメン”というより怖かった。
静かなのに圧がある。
目を合わせただけで、心の奥まで見透かされそうな感じがした。
*
