あなたの小説を売ってください


「小説買取人は小説を買い取ってくれるんだって」


言葉を発する前に聞こえた乙葉の言葉に、私は開きかけた口を閉じる。

小説を…買い取ってくれる…?


「え…何それ?どこかの編集部の人って事…?プロの小説家としてスカウトみたいな…」


…そんなのあり得る?

芸能人ならスカウトされて芸能事務所に…みたいな話は聞くけど、小説でスカウトなんて聞いた事ない。

私の疑問に乙葉が首を横に振った。


「違う違う!なんて言うのかな…本当にただ買い取ってくれるらしいよ。書いた小説を、好きなだけ全部」


「小説とお金を交換するって事…?なんのために?」


「それは分かんない…けど、このウワサ確かめる価値はあると思わない?」


言葉に詰まる。

言い表せない不確かな存在への不安感…それとお小遣い稼ぎへの欲と僅かな興味。

心の中でそれらが天秤(てんびん)を揺らしていた。

黙る私に乙葉がニヤニヤと囁く。


「大丈夫だって!もし実在して会う事になっても、人の多い所で待ち合わせてさ…危なそうな人ならそのまま会わずに帰ればいいって!」


天秤が少しずつ傾く。


「ねっ、アタシも一緒に検証するし…今夜やってみない?一回だけ…小説のネタにすると思って!」


一緒に検証。

一回だけ。

小説のネタ。

それらの言葉に、天秤は興味へと完全に傾いた。


「…分かった、やってみよう」


「やった!そうこなくちゃ!」


「でも一回だけだからね」


「はーい!」


こうして私達は“小説買取人”のウワサを試す事になった。

乙葉の言う通り、危なそうだったらそこでやめればいい。

そんな軽い気持ちが後悔に繋がるなんて、思ってもみなかった。