洸太は小さく笑う。
「……なんかさ」
文姫が顔を上げる。
「ん?」
「今の方が、ちゃんと話せてる気がする」
言いながら、自分でも少し不思議だった。
十年前、あれだけ近くにいたのに。
今の方が、ずっと自然に言葉が出てくる。
文姫は一瞬きょとんとして、それから柔らかく笑った。
「それは分かるかも」
その笑い方を見て、洸太は思う。
あの頃、もし今くらい落ち着けていたら。
もう少し違う関係になれていたんだろうか、と。
窓の外では、また信号が青に変わっていた。
人の流れは途切れない。
それでもこの店の中だけ、時間が少しゆっくり進んでいる気がした。
気づけば、二時間近く話していた。
仕事のこと。
東京に出てきた時のこと。
高校時代の友達が結婚した話。
思い出話もしたし、全然関係ない話もした。
不思議なくらい、会話は自然だった。
昔みたいに、無理に盛り上げようとしなくていい。
沈黙が来ても苦しくない。
それが洸太には少し嬉しかった。
店を出ると、雨はもう完全に止んでいた。
湿った夜風が、火照った頬を少し冷やしてくれる。
交差点にはまだ人が多い。
ネオンに濡れたアスファルトを、ヘッドライトの光が流れていく。
文姫は肩に掛かったバッグを持ち直しながら、
「なんか、あっという間だったね」
と笑った。
「……たしかに」
高校の頃なら、もっといくらでも話せた気がするのに。
大人になると、時間はすぐ終わる。
二人は駅の入り口まで並んで歩いた。
少しだけ距離を空けながら。
でもその距離は、交差点で再会した時より、ほんの少し近くなっている気がした。
駅前の光が、文姫の横顔を照らしている。
洸太はふと、思う。
――もう、ここで終わりなんだろうか。
十年ぶりに再会して。
少し話して。
また別々の人生に戻っていく。
そう考えた瞬間、胸の奥が静かに沈んだ。
その時だった。
「あ、そうだ」
文姫が立ち止まる。
「洸太、LINEまだ同じ?」
洸太は少し考えてから、
「いや、変わった」
と言った。
「前の携帯壊れてさ。引き継ぎミスってアカウント作り直した」
「あー、最悪じゃん」
文姫が笑う。
「じゃあ交換しよ」
バッグからスマホを取り出す。
その動作があまりにも自然で、洸太は少しだけ戸惑った。
高校の頃、文姫から連絡が来るだけで嬉しかった。
通知ひとつで、一日が変わるくらいには。
QRコードを開く指が、少しだけぎこちなくなる。
でも洸太は、心臓が少しうるさくなるのを感じていた。
文姫はそんなこと気づいていないみたいに、
「うわ、アカウント変えたのにアイコン変わってないじゃん」
と笑った。
「え、なにこれ高校の時のまま?」
他愛ないやり取りだった。
でも、その時間が妙に心地よかった。
登録が終わる。
画面の中に、“文姫”の名前が増える。
たったそれだけなのに。
十年間、閉じたままだった扉が、少し開いたみたいな気がした。
「じゃあ、またね」
文姫がそう言って笑う。
“また”。
その言葉を、十年前の二人は使えなかった。
洸太は小さく頷く。
「……おう」
文姫は改札の向こうへ消えていく。
人混みに紛れて、見えなくなる直前、一度だけ振り返って手を振った。
洸太も軽く手を上げる。
それだけだった。
それだけなのに、胸の奥がずっと落ち着かなかった。
帰りの電車。
窓に映る自分の顔は、少しだけ緩んでいた。
スマホを見る。
当然、まだ何も来ていない。
自分でも何を期待してるんだと思う。
十年ぶりに再会しただけだ。
それだけなのに。
部屋に帰って、スーツを脱いで。
適当にシャワーを浴びて。
冷蔵庫から缶ビールを取り出した時だった。
テーブルの上のスマホが、小さく震える。
洸太は反射みたいに手を伸ばした。
画面を見る。
『今日はありがとう。なんか、普通に楽しかった』
文姫からだった。
その短い一文を、洸太はしばらく見つめる。
気づけば、小さく笑っていた。
静かな部屋。
窓の外では、東京の明かりが滲んでいる。
止まったままだと思っていた時間が。
色を失っていた日常が。
ほんの少しだけ、動き出した気がした。
「……なんかさ」
文姫が顔を上げる。
「ん?」
「今の方が、ちゃんと話せてる気がする」
言いながら、自分でも少し不思議だった。
十年前、あれだけ近くにいたのに。
今の方が、ずっと自然に言葉が出てくる。
文姫は一瞬きょとんとして、それから柔らかく笑った。
「それは分かるかも」
その笑い方を見て、洸太は思う。
あの頃、もし今くらい落ち着けていたら。
もう少し違う関係になれていたんだろうか、と。
窓の外では、また信号が青に変わっていた。
人の流れは途切れない。
それでもこの店の中だけ、時間が少しゆっくり進んでいる気がした。
気づけば、二時間近く話していた。
仕事のこと。
東京に出てきた時のこと。
高校時代の友達が結婚した話。
思い出話もしたし、全然関係ない話もした。
不思議なくらい、会話は自然だった。
昔みたいに、無理に盛り上げようとしなくていい。
沈黙が来ても苦しくない。
それが洸太には少し嬉しかった。
店を出ると、雨はもう完全に止んでいた。
湿った夜風が、火照った頬を少し冷やしてくれる。
交差点にはまだ人が多い。
ネオンに濡れたアスファルトを、ヘッドライトの光が流れていく。
文姫は肩に掛かったバッグを持ち直しながら、
「なんか、あっという間だったね」
と笑った。
「……たしかに」
高校の頃なら、もっといくらでも話せた気がするのに。
大人になると、時間はすぐ終わる。
二人は駅の入り口まで並んで歩いた。
少しだけ距離を空けながら。
でもその距離は、交差点で再会した時より、ほんの少し近くなっている気がした。
駅前の光が、文姫の横顔を照らしている。
洸太はふと、思う。
――もう、ここで終わりなんだろうか。
十年ぶりに再会して。
少し話して。
また別々の人生に戻っていく。
そう考えた瞬間、胸の奥が静かに沈んだ。
その時だった。
「あ、そうだ」
文姫が立ち止まる。
「洸太、LINEまだ同じ?」
洸太は少し考えてから、
「いや、変わった」
と言った。
「前の携帯壊れてさ。引き継ぎミスってアカウント作り直した」
「あー、最悪じゃん」
文姫が笑う。
「じゃあ交換しよ」
バッグからスマホを取り出す。
その動作があまりにも自然で、洸太は少しだけ戸惑った。
高校の頃、文姫から連絡が来るだけで嬉しかった。
通知ひとつで、一日が変わるくらいには。
QRコードを開く指が、少しだけぎこちなくなる。
でも洸太は、心臓が少しうるさくなるのを感じていた。
文姫はそんなこと気づいていないみたいに、
「うわ、アカウント変えたのにアイコン変わってないじゃん」
と笑った。
「え、なにこれ高校の時のまま?」
他愛ないやり取りだった。
でも、その時間が妙に心地よかった。
登録が終わる。
画面の中に、“文姫”の名前が増える。
たったそれだけなのに。
十年間、閉じたままだった扉が、少し開いたみたいな気がした。
「じゃあ、またね」
文姫がそう言って笑う。
“また”。
その言葉を、十年前の二人は使えなかった。
洸太は小さく頷く。
「……おう」
文姫は改札の向こうへ消えていく。
人混みに紛れて、見えなくなる直前、一度だけ振り返って手を振った。
洸太も軽く手を上げる。
それだけだった。
それだけなのに、胸の奥がずっと落ち着かなかった。
帰りの電車。
窓に映る自分の顔は、少しだけ緩んでいた。
スマホを見る。
当然、まだ何も来ていない。
自分でも何を期待してるんだと思う。
十年ぶりに再会しただけだ。
それだけなのに。
部屋に帰って、スーツを脱いで。
適当にシャワーを浴びて。
冷蔵庫から缶ビールを取り出した時だった。
テーブルの上のスマホが、小さく震える。
洸太は反射みたいに手を伸ばした。
画面を見る。
『今日はありがとう。なんか、普通に楽しかった』
文姫からだった。
その短い一文を、洸太はしばらく見つめる。
気づけば、小さく笑っていた。
静かな部屋。
窓の外では、東京の明かりが滲んでいる。
止まったままだと思っていた時間が。
色を失っていた日常が。
ほんの少しだけ、動き出した気がした。
