君と終わった街で

洸太は、その笑顔から目を逸らすように、ゆっくりコーヒーを口に運んだ。

少しぬるくなっていた。

店内の照明は暗めで、窓際だけが外の光を薄く拾っている。

木目のテーブルには小さな傷がいくつも残っていて、カップを置くたびに乾いた音がした。

窓の外では、人の波が絶えず流れている。

仕事帰りのスーツ姿。

足早に横断歩道を渡っていく人たち。

信号が変わるたび、交差点は違う色の流れに塗り替わっていく。

東京は、人が多いのに、時々ひどく他人同士に見える。

その景色をぼんやり眺めながら、洸太は思う。

十年前の自分なら、きっと今みたいに座れていなかった。

文姫の顔を見るだけで、心臓が跳ねていたから。

隣を歩くだけで嬉しくて。

名前を呼ばれるだけで、一日機嫌が変わるくらい、単純だった。

ただ、好きだった。

どうしようもないくらい。

文姫のことばかり考えていた。

次はどんな話をしようとか。

今日、誰と話していたとか。

LINEの返信が少し遅いだけで、無駄に落ち込んだりして。

今思えば、本当に子供だったと思う。

でも、あの頃は必死だった。

文姫は笑ってくれる。

一緒にもいてくれる。

けれど、決定的に同じ温度にはなってくれなかった。

洸太が向ける“好き”に対して、文姫はどこか穏やかだった。

大事にはしてくれていた。

でも、それは恋愛とは少し違った。

その違いが、当時の洸太には苦しかった。

文姫が他の男と話しているだけで、勝手に焦って。

少し優しくされれば、また期待して。

期待しては、勝手に傷ついていた。

だからきっと、あの頃の洸太はちゃんと会話ができていなかったんだと思う。

文姫と向き合っているようで、本当はずっと、自分の気持ちばかり見ていた。

窓の外を、救急車の赤い光が横切っていく。

その反射が、一瞬だけガラス越しに店内を赤く染めた。

文姫はカップを両手で包みながら、静かに外を眺めている。

高校の頃と変わらない横顔だった。

でも、纏う空気は少し違う。

大人になったんだな、と洸太は思う。

きっと、自分も。

十年。

長かったのか、短かったのかは分からない。

でも、その時間はちゃんと二人を変えていた。

今こうして向かい合っていても、昔みたいに感情が暴れることはない。

胸はちゃんと苦しいのに、不思議なくらい静かだった。

あの頃みたいに、“自分を見てほしい”と焦らなくなっている。

だからなのかもしれない。

こうして文姫と話せていることが、ただ嬉しかった。

失ったままだと思っていた時間が、少しだけ戻ってきたみたいで。