君と終わった街で

「……まあ、ちょっと」

文姫は曖昧に笑って返す。

同僚は「へぇー」と意味深に笑った。

「絶対なんかありましたよね」

「ないって」

「その顔はあるやつです」

文姫は苦笑しながらパソコンへ向き直る。

これ以上聞かれたくなかった。

自分でもまだ、整理できていないから。

仕事に集中しようとする。

キーボードを打つ。

修正案を確認する。

でも、数分もしないうちに、また洸太のことを考えてしまう。

今頃ちゃんと仕事してるんだろうか。

朝、眠いって言ってたけど大丈夫かな、とか。

そんなことばかり浮かぶ。

昔みたいだ、と思う。

高校の頃も、こんなふうに無意識で洸太のことを考えていた。

でも、あの時は。

“好き”とは違うと思っていた。

たぶん、今も。

……本当に?

そこまで考えて、文姫は小さく息を止める。

分からない。

昔は、もっと簡単だった。

恋愛って、“ドキドキするもの”だと思っていた。

触れたいとか。

独占したいとか。

そういう分かりやすい感情。

でも今の洸太に感じているものは、少し違う。

安心する。

落ち着く。

声を聞くだけで気が抜ける。

ちゃんと笑える。

それって、恋愛なんだろうか。

文姫は視線を落としたまま、そっとスマホを触る。

トーク画面。

昨夜のやり取り。

『今の洸太、私は好きだよ』

自分の言った言葉を見つけて、また胸がざわつく。

どうして、あんなこと言ったんだろう。

でも、不思議と後悔はしていなかった。

その時。

「文姫さん、会議室お願いします」

別の社員に呼ばれ、文姫は慌てて立ち上がる。

「今行きます」

資料を持って歩き出す。

会議室までの廊下。

ガラス張りの窓の向こうに、曇った東京の空が見えた。

ふと、思う。

もし一昨日、あの交差点で洸太に会わなかったら。

自分は今も。

何も変わらない顔で、毎日をやり過ごしていたんだろうか。

そんな考えが頭をよぎった瞬間。

文姫は、自分で少し驚いた。

たった一人と再会しただけで。

こんなに世界の見え方って変わるものなんだ。