君と終わった街で

文姫はスマホを伏せて、小さく笑う。

『うるさい』

短く返す。

数秒後。

『ちゃんと働いてそうだから許す』

『なによ、許すって笑』

ほんと、こういうところ変わってない。

何気ない会話なのに、自然と空気を軽くしてくる。

高校の頃もそうだった。

喧嘩する前までは、ずっと。

文姫が落ち込んでいる時。

イライラしている時。

洸太は無理に励ますんじゃなくて、くだらないことを言って笑わせようとしていた。

それを思い出した瞬間。

胸の奥が、少しだけ痛くなる。

最後、あんな終わり方をしたのに。

どうして今、またこんなふうに話せているんだろう。

文姫は視線をパソコンへ戻す。

画面には修正途中の広告デザイン。

キャッチコピー。

クライアントからの赤字。

本当なら集中しないといけない。

でも、気づけばまた洸太のことを考えてしまう。

土曜日、何を着ていこう。

どこへ行くんだろう。

また電話するのかな。

そんなことばかり頭に浮かぶ。

――まるで恋愛してるみたい。

そこまで考えて、文姫は小さく眉を寄せた。

違う。

たぶん違う。

これは、懐かしさだ。

昔、自分を安心させてくれた相手と再会して、心が揺れているだけ。

そう思おうとする。

でも。

“今の洸太、私は好きだよ”

昨夜、自分で口にした言葉が、また頭をよぎる。

好き。

あれは本当に、どういう意味だったんだろう。

自然と出てしまったあの言葉。

文姫は椅子へ深く座り直し、ゆっくり息を吐いた。

その時。

「堤さん」

後ろから声がする。

振り返ると、同僚の女性が立っていた。

「今日、なんか機嫌いいですね」

文姫は一瞬固まる。

「……そんな分かる?」

「分かりますよ。最近ずっと疲れてたのに」

同僚は笑いながら続けた。

「なんかいいことありました?」

その質問に。

文姫は返事ができなかった。

いいこと。

たしかに、あった。

一昨日。

十年ぶりに、洸太と再会した。

そして昨日。

また電話をして、昔みたいに笑った。

それだけだ。

それだけなのに。

毎日が少しだけ、色を取り戻している。