『今の洸太、私は好きだよ』
洸太は窓際に立ったまま、何も言えなくなる。
電話の向こうでも、文姫は黙っていた。
たぶん、自分でも口にしてから少し照れているんだと思う。
昔の文姫なら、こういう言い方はしなかった。
もっと曖昧で。
もっと逃げ道を残すような話し方をしていた。
でも今は違う。
十年という時間が、少しずつ二人を変えていた。
「……それ、ずるいな」
やっと、掠れた声で返す。
文姫が小さく笑う。
『なにが』
「そういうこと普通に言うとこ」
『本当のことだし』
胸の奥が熱い。
でも同時に、少し怖かった。
十年前も、自分はこうやって期待して。
勝手に舞い上がって。
勝手に傷ついた。
だから今は、簡単に勘違いしたくなかった。
洸太はゆっくり息を吐く。
「……俺さ」
そこで言葉が止まる。
何を言おうとしてるんだろうと思う。
まだ早い。
再会して、たった数日だ。
でも、電話越しの文姫の声を聞いていると。
昔ずっと閉じ込めていた感情が、少しずつ動き始める。
『ん?』
文姫が静かに返す。
洸太は苦笑した。
「いや、なんでもない」
逃げた。
自分でも分かるくらい、情けない逃げ方だった。
でも文姫は追及しなかった。
『ふーん』
それだけ言って、小さく笑う。
その空気に救われる。
もし高校の頃だったら。
きっと今の沈黙にも意味を探して、勝手に苦しくなっていた。
でも今は違う。
ちゃんと待てる。
相手の気持ちを急かさずにいられる。
それが少し、大人になった証拠みたいだった。
『ねえ』
文姫が、少し眠そうな声で言う。
「ん?」
『土曜さ』
『会ったら、昔みたいにいっぱい話そ』
その言葉に。
洸太は静かに目を閉じた。
昔みたいに。
その響きが、胸の奥へゆっくり沈んでいく。
「……おう」
短く返す。
でも、その一言には。
十年前には言えなかった感情が、ちゃんと混ざっていた。
電話の向こうで、文姫が小さく笑う。
『なんか安心した』
「なにが」
『また洸太とちゃんと話せて』
その声は、本当に穏やかだった。
昔みたいな、どこか気まずい距離感じゃない。
無理に恋愛へ持っていこうとする空気もない。
ただ、“また会えた”ことを大事にしている感じだった。
それが逆に、洸太の胸を静かに締めつける。
もし十年前に、こんなふうに話せていたら。
そんな考えが、また頭をよぎる。
でも、今さらだ。
過去は変わらない。
だからこそ、今をちゃんと大事にしたかった。
『……ほんと寝ないとやばい』
文姫が笑いながら言う。
時計を見ると、二時半を回っていた。
「明日起きれなくなるぞ」
『洸太のせい』
「知らねえよ」
また少し笑い合う。
その空気が心地よくて、終わるのが少し惜しかった。
高校の頃と同じだ。
“じゃあ切るね”の一言が、やけに寂しい。
『じゃあ、土曜ね』
文姫が静かに言う。
「おう」
『ちゃんと店探しといてよ』
「プレッシャーかけんな」
『センスなかったら帰る』
「ひどすぎるだろ」
文姫が楽しそうに笑う。
その笑い声を聞きながら、洸太はふと思う。
こういう時間を、ずっと忘れていた。
誰かと話して。
笑って。
次に会う日を楽しみにする感覚。
仕事だけじゃ埋まらなかった場所に、少しずつ色が戻ってきている。
『……じゃ、おやすみ』
少し眠そうな声。
洸太は窓の外を見たまま、小さく返す。
「おやすみ、文姫」
一瞬だけ、沈黙。
それから。
『うん』
とても小さな返事。
通話が切れる。
部屋が急に静かになる。
さっきまで聞こえていた文姫の声が消えた瞬間、少しだけ寂しくなった。
洸太はスマホを見つめたまま、ソファへ座り込む。
胸の奥が、まだ熱かった。
土曜日まで、あと三日。
たったそれだけなのに。
その時間が、妙に長く感じた。
洸太は窓際に立ったまま、何も言えなくなる。
電話の向こうでも、文姫は黙っていた。
たぶん、自分でも口にしてから少し照れているんだと思う。
昔の文姫なら、こういう言い方はしなかった。
もっと曖昧で。
もっと逃げ道を残すような話し方をしていた。
でも今は違う。
十年という時間が、少しずつ二人を変えていた。
「……それ、ずるいな」
やっと、掠れた声で返す。
文姫が小さく笑う。
『なにが』
「そういうこと普通に言うとこ」
『本当のことだし』
胸の奥が熱い。
でも同時に、少し怖かった。
十年前も、自分はこうやって期待して。
勝手に舞い上がって。
勝手に傷ついた。
だから今は、簡単に勘違いしたくなかった。
洸太はゆっくり息を吐く。
「……俺さ」
そこで言葉が止まる。
何を言おうとしてるんだろうと思う。
まだ早い。
再会して、たった数日だ。
でも、電話越しの文姫の声を聞いていると。
昔ずっと閉じ込めていた感情が、少しずつ動き始める。
『ん?』
文姫が静かに返す。
洸太は苦笑した。
「いや、なんでもない」
逃げた。
自分でも分かるくらい、情けない逃げ方だった。
でも文姫は追及しなかった。
『ふーん』
それだけ言って、小さく笑う。
その空気に救われる。
もし高校の頃だったら。
きっと今の沈黙にも意味を探して、勝手に苦しくなっていた。
でも今は違う。
ちゃんと待てる。
相手の気持ちを急かさずにいられる。
それが少し、大人になった証拠みたいだった。
『ねえ』
文姫が、少し眠そうな声で言う。
「ん?」
『土曜さ』
『会ったら、昔みたいにいっぱい話そ』
その言葉に。
洸太は静かに目を閉じた。
昔みたいに。
その響きが、胸の奥へゆっくり沈んでいく。
「……おう」
短く返す。
でも、その一言には。
十年前には言えなかった感情が、ちゃんと混ざっていた。
電話の向こうで、文姫が小さく笑う。
『なんか安心した』
「なにが」
『また洸太とちゃんと話せて』
その声は、本当に穏やかだった。
昔みたいな、どこか気まずい距離感じゃない。
無理に恋愛へ持っていこうとする空気もない。
ただ、“また会えた”ことを大事にしている感じだった。
それが逆に、洸太の胸を静かに締めつける。
もし十年前に、こんなふうに話せていたら。
そんな考えが、また頭をよぎる。
でも、今さらだ。
過去は変わらない。
だからこそ、今をちゃんと大事にしたかった。
『……ほんと寝ないとやばい』
文姫が笑いながら言う。
時計を見ると、二時半を回っていた。
「明日起きれなくなるぞ」
『洸太のせい』
「知らねえよ」
また少し笑い合う。
その空気が心地よくて、終わるのが少し惜しかった。
高校の頃と同じだ。
“じゃあ切るね”の一言が、やけに寂しい。
『じゃあ、土曜ね』
文姫が静かに言う。
「おう」
『ちゃんと店探しといてよ』
「プレッシャーかけんな」
『センスなかったら帰る』
「ひどすぎるだろ」
文姫が楽しそうに笑う。
その笑い声を聞きながら、洸太はふと思う。
こういう時間を、ずっと忘れていた。
誰かと話して。
笑って。
次に会う日を楽しみにする感覚。
仕事だけじゃ埋まらなかった場所に、少しずつ色が戻ってきている。
『……じゃ、おやすみ』
少し眠そうな声。
洸太は窓の外を見たまま、小さく返す。
「おやすみ、文姫」
一瞬だけ、沈黙。
それから。
『うん』
とても小さな返事。
通話が切れる。
部屋が急に静かになる。
さっきまで聞こえていた文姫の声が消えた瞬間、少しだけ寂しくなった。
洸太はスマホを見つめたまま、ソファへ座り込む。
胸の奥が、まだ熱かった。
土曜日まで、あと三日。
たったそれだけなのに。
その時間が、妙に長く感じた。

