君と終わった街で

信号が青に変わる。

人の流れが、一斉に動き出す。

洸太も歩き出した。

けれど、近づくほど確信に変わっていく。

文姫(あやめ)だった。

昔より少し大人びている。

化粧もしているし、雰囲気も落ち着いていた。

でも、歩き方で分かった。

そんなところで分かってしまう自分が嫌だった。

横断歩道の真ん中。

すれ違う直前で、文姫がふと顔を上げる。

目が合った。

その瞬間、文姫の表情が止まった。

「あれ……」

小さく目を見開く。

「洸太?」

名前を呼ばれて、胸の奥が変なふうに痛んだ。

十年間、一度も聞かなかった声だった。

「……文姫」

言葉がうまく出ない。

文姫は数秒だけ洸太を見つめて、それから少し笑った。

「うわ、ほんとに洸太だ」

昔と変わらない笑い方だった。

洸太は何を言えばいいのか分からなくなる。

久しぶり。

元気だった?

どこで働いてるの?

そんな言葉が全部、不自然に思えた。

横断歩道を渡り切っても、二人ともすぐには離れなかった。

車の音が後ろを流れていく。

昔なら、こんな沈黙は平気だった。

隣にいるのが当たり前だったから。

でも今は違う。

十年という時間が、互いの間にちゃんとあった。

文姫が先に口を開く。

「……なんか、不思議」

「なにが」

「洸太が普通にいるの」

その言い方がおかしくて、洸太は少しだけ笑った。

文姫もつられて笑う。

それだけで、少し空気が軽くなる。

「ちょっと話す?」

文姫がそう言った。

「久々すぎるし」

あまりにも自然な言い方だった。

まるで、高校の帰り道の続きを始めるみたいに。

洸太は一瞬だけ迷って、

「ああ」

と頷く。

交差点の角に、いきつけの喫茶店が見えた。

チェーン店ばかり増えた街で、その店だけ時間が止まったみたいに残っている。

二人は並んで歩き出した。

微妙に距離を空けながら。

その距離感が、十年という時間そのものみたいだった。