君と終わった街で

「……先輩」

不意に小さな声がして、洸太は顔を上げる。

隣の席の桃花が、呆れたみたいな顔でこちらを見ていた。

「今、三回くらい名前呼びました」

「え」

「大丈夫ですか?」

会議室の向こう側では、まだ誰かが説明を続けている。

洸太は軽く額を押さえた。

「悪い、ちょっとぼーっとしてた」

「珍しいですね」

桃花は声を潜めたまま、少しだけ笑う。

「熱でもあります?」

「ない」

「じゃあ恋?」

洸太は思わず咳き込んだ。

桃花が吹き出す。

「図星みたいな反応やめてもらっていいですか」

「違うから」

「へえ」

全然信じていない顔だった。

会議が終わり、人がぞろぞろ席を立っていく。

洸太もノートパソコンを閉じながら立ち上がった。

その横で、桃花がぽつりと言う。

「でも、なんか安心しました」

「なにが」

「先輩って、ずっと感情薄い人かと思ってたんで」

その言葉に、洸太は少しだけ動きを止める。

感情が薄い。

そう見えていたのかもしれない。

実際、自分でも最近はそんな感じだった。

何かを強く好きになることも。

誰かを特別に思うことも。

もうずっとなかったから。

桃花はバッグを肩に掛けながら、

「今の先輩、ちょっと人間っぽいです」

と言って笑った。

失礼だな、と返そうとして。

でも洸太は、結局何も言えなかった。