それからすぐに、このちょっとした騒ぎはおさまった。
騒動の時にやっていた若手のアイドルダンスユニットの制作は完了した。
あとはネット配信の発売日を待つまで。
限定で発売されるCDの完成品も届き、チェックも済んだ。
「ふぅ、一仕事終わったな・・・。あとはプロポーズかぁ・・・。トラウマだな。でも、もう指輪は渡しちゃってるからなぁ。順番間違えたな。困ったなー。」
いや、間違ってはいない。
前の彼女に10年以上前にプロポーズした時、指輪をサプライズで用意していた。
「結婚しよう。」
の言葉と同時にふられてしまった。
指輪は渡せなかったので、帰りにリサイクルショップで売った。
その日の夜はジンくんちで荒れて、とにかく酒を飲んで、気づいたら朝になっていた。
「人生の先輩と親友に相談、だな。」
その日の夜、早速、橋口家で橋口夫妻と加門さんに「会議」を開いてもらった。
[次の日]
ピコン
「れいな、お疲れ様!今夜、時間ある?疲れてなかったらちょっと出掛けない?」
「いいよ。どこ行くの?」
「ご飯食べて、散歩でもしないかなって。17時に店に迎えに行くな。」
いつも通り時間ぴったりに来た。
駐車場で2階の弁護士事務所の佐々木先生とばったり会う。
「こんにちは。」
挨拶をすると先生が話しかけてきた。
「こんにちは。あのー、実は。あゆむ君から・・・。婚約、れいなさんと。されたとお聞きしました。おめでとうございます!」
「あ、ありがとうございます。あゆむん、口が軽いなぁ・・・(笑)」
「若いですから。ははは。」
「そうですね、若いですよね。ははは。あ、先生・・・本当はプロポーズ、まだなんです。
あのー、一応今から。その、しようかなぁと思ってるんすけど。」
「おぉ!そうでしたか。緊張しますね!でも自然体で気持ちを伝えれば大丈夫ですよ。わたしは1度プロポーズってやつ?成功してますから。でも離婚しちゃいましたけどね。ははは。頑張ってください!」
(この先生、良い奴じゃん。そうか、プロポーズ経験者がここにもいたか。)
[商店街のいつもの創作和食屋]
「リリースおめでとう~。」
「ありがとなー。」
二人でお祝いをする。
「乾杯~。」
今日はこの前の若手アイドルダンスユニットの配信、CDリリース日だった。
「これなんだ、良かったら聴いてみて。」
CDを渡される。
「ありがとう、お店で流すね。」
「これがさプロポーズの品っぽくなってしまってるけど、違うんんだ(笑)
俺ね、指輪渡した日からずっと考えてた。色んなシチュエーション。でもさ、俺らってこの町で出会って、この商店街で散歩したりデートしてきて、美味しい店も2人で行くようになって。だから「ここ」が良かったんだ。これからも、この町で、れいなと一緒に人生を歩いて行きたい。結婚してください!!」
深々と頭を下げる。
「ケンさん、頭。あげて・・・。」
頭を支えると緊張した表情をしていた。
「こちらこそ。よろしくお願いします。」
緊張が伝わってしまったが、自分なりに必死で笑顔を作った。
「ケンさん、大好きだよ!」
そう言った途端、ケンさんが寄ってきて思い切り抱きしめてきた。
「痛いよー、恥ずかしいよー。」
ここのお店は簡単な個室になっている、廊下ではスタッフや席を外した人が行き来しているのが、格子から見えることは見えるのだ。
額に軽くキスをされて、元の位置に戻った。
「良かった。指輪渡してたけど、やっぱり不安だったんだよ。」
「え?私はもう、これからの生活をどうしよっかなぁー?ってずっと考えてたんだよ?ほら、ケンさんちごちゃごちゃだから。結婚してもあそこには私は引っ越せないなぁ、って思って(笑)それに私のマンションも一応私の持ち家なんだよね。」
「そうかぁ、そんな事まで考えてくれてたのか。さすがだな・・・。心配して損した。」
「だって、もう「婚約者」だよね?」
右手の薬指にキラリと光る指輪を見せた。
「あ。そうだ、ついでだからさ。こうしよう?」
ケンさんが指輪を外す。
「左手出して!俺の奥さんになってください、と。」
左手の薬指に、指輪をはめ変えてくれた。
「えー!こう言うの初めてだから嬉しい!テンションあがっちゃった。」
左手の甲にキスをしてくれた。
「れいなんちに(笑)帰ろう。」
その夜、2人とも最高潮に達した。
それから暫くは私のマンションで半同棲と言う形で、のんびり過ごしていた。
結婚しても避妊は続けて、子供は作らない事。
お互い仕事は辞めない事。
私は旧姓で仕事を続ける事。
ケンさんの家は音楽制作のためと荷物置き場にしておいて、すこしずつ片づける事。
生活の基盤は私の部屋にする事。
などを二人で決めた。
あと、料理や掃除はなるべく一緒にする。
いわゆる家事分担をお願いした。
現代では当たり前だ。
ケンさんは夜ご飯は基本、豆腐や枝豆くらいしか口にしない。
付き合ってすぐの頃、はりきって夕飯に慣れない手料理を出していたら消化不良を起こしたそうで、体調を崩してしまった。
私はずっと20年間、昼・夜と食事は店の近くで手作り弁当を買って食べていた。
商店街には他にも弁当屋がたくさんあって、コンビニに行かなくても美味しいお弁当が
日替わりで選び放題なのだ。
あとは妹家族、弟家族のフロアへお邪魔して、甥っ子姪っ子達と食事をしたり、頻繁に行っている橋口家で料理を手伝って、ごちそうになっていた。
外食も好きで、一人で出かけれるタイプ。
実は結婚して料理を任されるのはとても気が重かった。
朝食だけならなんとかなりそう。
ケンさんは朝は喫茶店へモーニングに行くのも好きだ。
「へぇ、料理苦手なの?知らなかった。気にすんな。」
にこにこと笑顔で答えてくれた。
ケンさんが少しずつ自分の身の回りの物や服などをうちに運んでくるようになった。
8畳の部屋は使っておらず、来客の寝室用にしていたため物を置いてなかったが、あっという間にケンさんの物置き部屋になった。
洋服やアクセサリー、バッグ、スニーカーも多い。
「ケンさん・・・オシャレが好きなんだねぇ。」
「ごめん、持ってき過ぎちゃったなぁ。うちにはまだまだあるんだ。うん・・・ちょっと片づけていかないとだな。」
寝室は12畳あって、クローゼットには私の物がきちんと整頓されて入れられていて、広々としている。
ずっとセミダブルのマットレスを使っていたけど、ダブルベッドを買わないか、とケンさんが提案してきた。
「ゆっくりと寝たいだろ?」
どんどんケンさんの物に占領されていく気分になった。
いや、同棲なんてこんなもんなのかな。
シンジとは同棲をしなかった。
泊りもほぼ無かった。
シンジは実家暮らしだったそうだけど行ったことすら無かった。
ずっと他の女の子達の部屋を行ったり来たりしていた、と後から人に聞いた。
リビングダイニングだけは、個人の物を置かないで欲しいとお願いをして、今まで通りの風景がある。
だけど、ケンさんは帰宅したら帽子やバッグ、上着などをそこら辺に置きっぱなしにする癖があるとすぐに気づいた。
「半同棲とは言え・・・前途多難な気がして来た・・・。」
しーちゃんが紅茶を淹れてくれた。
「そんな事言ったらねぇ、結婚したらもっと苦痛になるよ?うちはもう息子が二人独立したからいいものの。子育て中は本当に大変だった。家の事ばっかりしてたよ。ノイローゼだったよ、あの頃は。うんほんとに。でもさ、ちょっとケンさん、子供っぽいとこがあったんだね。片付けが苦手なのは昔から聞いてたけどさ・・・。」
「妹家族の4LDKのフロア、隣が空いてるから。叔父さんに頼んで買おうかな。今の部屋売って・・・。」
「夫婦二人でそんな広い部屋買っちゃったら、余計な物どんどん持ってきちゃうよ?カレ!やめといたほうがいいと思うなぁ。」
「うん、それは俺も同感。」
ジンさんも大きくうなずく。
[二人で休みを合わせた日]
ケンさんの家に行って、キッチンの片付けと掃除をした。
丸二日かかった。
ポリ袋や食器洗剤やスポンジなど、使える物はは全部うちに運んできた。
食器などはほぼ処分する事に二人で決めた。
私は料理は苦手でも食器やマグカップはオシャレなお店で一つずつ選んだお気に入りの物ばっかりだ。
処分するものは大きなケースに入れて、うちの商店街の役員さん宅へ持って行った。
季節ごとに開催される、商店街の「ボロ市」で提供させてもらえる事になった。
「こんなにたくさん・・・!ありがとうございます。きっと奥様方に大盛況よ、これは!」
役員さんご夫婦はとても喜んでくれた。
「キッチン、やっつけたね。今度はお風呂とトイレを綺麗にしようね。ロフトの布団どうする?
もう家に泊まらないなら捨てちゃう?」
「え。ちょっと待って。そんなに俺の物を一気に捨てたがらないでよ・・・。めっちゃ疲れたよ。苦手な事ってするもんじゃないな。帰ったら休みたい・・・。」
珍しく弱音を吐いている。
夕方帰宅して一緒にお風呂に入り、ソファーで並んでTVを観ていたらケンさんは私にもたれかかってきた。
いつの間にか寝ていた。
「お疲れ様。ちょっとやり過ぎたかな。ま、いっか。」
頬に軽くキスをして、毛布を掛けてあげた。
2時間くらいして、寝室でゆっくり横になっていたところにケンさんが入ってきた。
「今夜は快眠できそうだよ。俺ってもしかして、嫌いな片付けをしたら疲れて眠れるのかな(笑)運動は不足じゃないはずなんだけど。」
ぎゅーっとしてくる。
「薬、飲まなくていいの?」
ケンさんは病院で不眠症の薬を処方してもらっている。
毎日は飲んでないけど、必要だと自分で感じた時には飲むようにしているそうだ。
「さっきの2時間睡眠でもかなり眠れたほうなんだ。でもまだ寝れそうだから今日は薬はいらない。」
おやすみのキスをきっちり忘れていない。
狭めのセミロングのマットの上で、ケンさんはわたしの胸に顔をうずめるようにして眠り始めた。
(かわいい・・・。)
暫く、頭を撫でてあげたり、背中をさすってあげた。
スースーと寝息を立てて眠った。
リビングのソファーに戻って、ジャスミンティーを飲む。
真由ちゃんに最近の出来事をラインした。
「今度、ご飯行こう!ゆっくり聞きたい。れいな達、恋愛ドラマみたいな恋してるよね(笑)」
その日は私が寝付けなくて、ネットでやっているドラマをイヤホンを付けて観ていた。
「おはよー、7時間も寝た。」
ケンさんが抱きついてきて、何度も頬や唇にキスをしてくる。
「おはよ。よく寝たね。顔がスッキリしてるように見えるよ!朝ごはん出来たよ。」
トーストとスクランブルエッグとサラダとコーヒー。
ケンさんは最近コーヒー豆のお店に出向いて、自分でブレンドした酸味が強めの豆を買ってきた。
結構お値段がしたみたいだけど、満足そう。
私は酸味が苦手なので、スーパーで買ったモカブレンドのドリップコーヒーだ。
「今夜はちょっと作業に集中したいから、スタジオに行ってくるよ。遅くなると思うから、先に寝てて。」
「スタジオ・・・行っちゃダメ?」
「えっ?来てくれるの?一緒に作業してるエンジニアの先輩がいるけど。良かったら紹介したいし。来て!場所は・・・知ってるよね。近くまで来たら外に出るから。連絡して。何時頃に来る?」
嬉しそう。
[その日の夜]
仕事終わりにスタジオへ向かった。
1階は駐車場、2階がスタジオ。
「着いたよ」
駐車場で電話をかける。
颯爽と降りて来てくれた。
2階へ案内される。
「倉田さん、来たよ~。」
「やぁ、どうも、いらしゃい。どうぞどうぞ。」
中に入るとリラックスできるように、ソファーが置いてあった。
「そこに座って」と、倉田さんに促される。
倉田さんは58歳だそうだ。
音楽の専門学校で制作を学んでから、ずっとこの仕事をしてきた。
ケンさんが3人分のコーヒーを持ってきてくれた。
「いいなぁ。いつかね、横浜のお土産のお菓子、ケンさんからいただいて。デート楽しかった?」
「はい。あんまり隠したりしないんですね、ケンさん。」
「そうだね、よく話は聞いてるよ。結婚も考えてるんでしょ?今が一番いいころだ!うちはね、奥さんと
2人なんだ。保護猫が4匹もいるけどね(笑)今度わが家にもおいで。猫アレルギー大丈夫?」
「はい、ぜひ。いつかケンさんと2人でお伺いしたいです。ねぇ?」
「うん。あのさ、婚姻届けの証人、一人は倉田さんでお願いしたいと思ってるんだ。
もう一人はれいなのほうで探してくれたらいいけど。」
「あ、そうなんだ。そう言うのもいるんだっけ?」
「誰でもいいらしいよ、友達とかでも。俺はね、25年間くらい倉田さんに仕事を教えて貰ったり、
お世話になってるから。」
証人も考えておかなくちゃなのかぁ・・・。
「で、いつ籍いれるの?」
倉田さんの一言。
正直、私はまだ先のことだと思っていた。
今は7月だ。
「まだ話してないんだよな。ね?でも俺としては年明けくらいには入籍したいかなぁって希望はあるんすよ。」
(え、知らなかった。婚約って1年先くらい猶予があるもんだと思ってたけど、別に規定は無いんだよね。)
結婚すると言うことは、北海道のケンさんのご家族や親戚に挨拶に行かなければいけない。
急に気が重くなってきた。
「今夜、遅くなるんでしょ?近くにデリカキッチンがあったから、何か夕飯になりそうなもの、買ってこようか。」
この話から逃げ出したくなった。
サラダとローストビーフと雑穀おむすびを二人分買って来た。
「それじゃ、おじゃましました~。」
「もうちょっと居ても良かったのに。」
ケンさんはそう言うと下まで送ってくれた。
駐車場で軽くキスをする。
今日はなんだかそんな気分になれなかった・・・。
帰宅してからも、そわそわしていた。
区役所のサイトで婚姻届けのページを見てみる。
あと1年くらいはこの気楽な独身生活を満喫したい。
ケンさんは来年の1月48歳になる。
運動神経がいいし、食生活も乱れていないし、健康そのもの。
不眠症は心配だけどこれは学生時代からの癖のようなものらしい。
メンタルは安定しているし、何より性格が良い。
精力も並みの47歳よりは旺盛な気もするし。
何も不安を抱えなくていいようにと、事前に色々条件も話し合ったじゃないか。
しーちゃんとジンさんが口を揃えて言う。
「マリッジブルーだね。間違いない。」
「結婚の話は少し控えてもらったら?」
しーちゃんの提案にジンさんが反応する。
「そんな事言ったら男は萎えちゃって、もう結婚をしなくなっちゃうぞ。それはダメだ。ケンさんは今、気分がノッテるんだよ。れいなちゃんの様子も冷静に見れないくらいに。」
加門さんが
「男は具体案が欲しいんだよね。あと1年、待ってもらったら。もう半同棲してるんだしさ。しばらくはこのままが、れいなちゃんはいいんでしょう?素直に話したら。」
と提案してくれる。
[ある日の休日]
久しぶりに二人の休日を合わせられた。
昨夜はケンさんが泊りに来て、録画していた音楽番組を観ながら最近の流行りの曲について話をして、楽しかった。
朝、リビングで考え事をしていた。
「おはよう、れいな。モーニング行く?」
「そうだね、いつものとこね。」
ハグをしてキスを何度かしたあと、支度をして出かけた。
喫茶店でいよいよ、思ったことを伝えた。
「えっ・・・(絶句)あと1年も先延ばしにすんの?それで良いって言うか、そのほうがれいなは良いって事なんだね?」
「ごめんね、長いよね。さっきも言ったけど、今の生活で大満足なんだよね。今のところ。」
「女の人って付き合ったら早く結婚したいんだと思ってたから。いや、それは俺の勝手な憶測だよな。そうかぁ・・・。」
「ショックだったらごめんね。本当に今凄く幸せなんだよ。指輪も外さずにずっと付けてるしね。」
「じゃぁ、逆に俺に求めてる物って、何かある?」
「焦らない事、かなぁ。」
「そうかぁ・・・。ちょっと一人で突っ走り過ぎたな。」
「でも、婚約者って事には変わらないんだよ、何度も言うけど。だからこれからもよろしくね。」
「うん、楽しく仲良く、やっていこうな。」
帰宅してから、ソファーでいちゃいちゃしていたけど、本格的に寝室へ入った。
昼間からこんなに濃厚な時間を過ごすのは久しぶりで、お互い燃えた。
ケンさんの背中からじっとりとした汗が止まらない。
燃え尽きたケンさんの額からも汗が落ちる。
一緒にお風呂に入って体を洗ってあげた。
手にボディーソープを付けてなでてあげる。
下半身を優しく洗ってあげると反応した。
浴槽の中でディープキスが止まらなかった。
夏なので二人とも下着のまま夕方までソファーで過ごした。
ずっとぴったりと体を寄せ合っている。
ゆっくりしていたらいつの間にか日が暮れかけていた。
いつもは寝つきの悪いケンさんがこの日の夜はは私より先に眠りについていた。
騒動の時にやっていた若手のアイドルダンスユニットの制作は完了した。
あとはネット配信の発売日を待つまで。
限定で発売されるCDの完成品も届き、チェックも済んだ。
「ふぅ、一仕事終わったな・・・。あとはプロポーズかぁ・・・。トラウマだな。でも、もう指輪は渡しちゃってるからなぁ。順番間違えたな。困ったなー。」
いや、間違ってはいない。
前の彼女に10年以上前にプロポーズした時、指輪をサプライズで用意していた。
「結婚しよう。」
の言葉と同時にふられてしまった。
指輪は渡せなかったので、帰りにリサイクルショップで売った。
その日の夜はジンくんちで荒れて、とにかく酒を飲んで、気づいたら朝になっていた。
「人生の先輩と親友に相談、だな。」
その日の夜、早速、橋口家で橋口夫妻と加門さんに「会議」を開いてもらった。
[次の日]
ピコン
「れいな、お疲れ様!今夜、時間ある?疲れてなかったらちょっと出掛けない?」
「いいよ。どこ行くの?」
「ご飯食べて、散歩でもしないかなって。17時に店に迎えに行くな。」
いつも通り時間ぴったりに来た。
駐車場で2階の弁護士事務所の佐々木先生とばったり会う。
「こんにちは。」
挨拶をすると先生が話しかけてきた。
「こんにちは。あのー、実は。あゆむ君から・・・。婚約、れいなさんと。されたとお聞きしました。おめでとうございます!」
「あ、ありがとうございます。あゆむん、口が軽いなぁ・・・(笑)」
「若いですから。ははは。」
「そうですね、若いですよね。ははは。あ、先生・・・本当はプロポーズ、まだなんです。
あのー、一応今から。その、しようかなぁと思ってるんすけど。」
「おぉ!そうでしたか。緊張しますね!でも自然体で気持ちを伝えれば大丈夫ですよ。わたしは1度プロポーズってやつ?成功してますから。でも離婚しちゃいましたけどね。ははは。頑張ってください!」
(この先生、良い奴じゃん。そうか、プロポーズ経験者がここにもいたか。)
[商店街のいつもの創作和食屋]
「リリースおめでとう~。」
「ありがとなー。」
二人でお祝いをする。
「乾杯~。」
今日はこの前の若手アイドルダンスユニットの配信、CDリリース日だった。
「これなんだ、良かったら聴いてみて。」
CDを渡される。
「ありがとう、お店で流すね。」
「これがさプロポーズの品っぽくなってしまってるけど、違うんんだ(笑)
俺ね、指輪渡した日からずっと考えてた。色んなシチュエーション。でもさ、俺らってこの町で出会って、この商店街で散歩したりデートしてきて、美味しい店も2人で行くようになって。だから「ここ」が良かったんだ。これからも、この町で、れいなと一緒に人生を歩いて行きたい。結婚してください!!」
深々と頭を下げる。
「ケンさん、頭。あげて・・・。」
頭を支えると緊張した表情をしていた。
「こちらこそ。よろしくお願いします。」
緊張が伝わってしまったが、自分なりに必死で笑顔を作った。
「ケンさん、大好きだよ!」
そう言った途端、ケンさんが寄ってきて思い切り抱きしめてきた。
「痛いよー、恥ずかしいよー。」
ここのお店は簡単な個室になっている、廊下ではスタッフや席を外した人が行き来しているのが、格子から見えることは見えるのだ。
額に軽くキスをされて、元の位置に戻った。
「良かった。指輪渡してたけど、やっぱり不安だったんだよ。」
「え?私はもう、これからの生活をどうしよっかなぁー?ってずっと考えてたんだよ?ほら、ケンさんちごちゃごちゃだから。結婚してもあそこには私は引っ越せないなぁ、って思って(笑)それに私のマンションも一応私の持ち家なんだよね。」
「そうかぁ、そんな事まで考えてくれてたのか。さすがだな・・・。心配して損した。」
「だって、もう「婚約者」だよね?」
右手の薬指にキラリと光る指輪を見せた。
「あ。そうだ、ついでだからさ。こうしよう?」
ケンさんが指輪を外す。
「左手出して!俺の奥さんになってください、と。」
左手の薬指に、指輪をはめ変えてくれた。
「えー!こう言うの初めてだから嬉しい!テンションあがっちゃった。」
左手の甲にキスをしてくれた。
「れいなんちに(笑)帰ろう。」
その夜、2人とも最高潮に達した。
それから暫くは私のマンションで半同棲と言う形で、のんびり過ごしていた。
結婚しても避妊は続けて、子供は作らない事。
お互い仕事は辞めない事。
私は旧姓で仕事を続ける事。
ケンさんの家は音楽制作のためと荷物置き場にしておいて、すこしずつ片づける事。
生活の基盤は私の部屋にする事。
などを二人で決めた。
あと、料理や掃除はなるべく一緒にする。
いわゆる家事分担をお願いした。
現代では当たり前だ。
ケンさんは夜ご飯は基本、豆腐や枝豆くらいしか口にしない。
付き合ってすぐの頃、はりきって夕飯に慣れない手料理を出していたら消化不良を起こしたそうで、体調を崩してしまった。
私はずっと20年間、昼・夜と食事は店の近くで手作り弁当を買って食べていた。
商店街には他にも弁当屋がたくさんあって、コンビニに行かなくても美味しいお弁当が
日替わりで選び放題なのだ。
あとは妹家族、弟家族のフロアへお邪魔して、甥っ子姪っ子達と食事をしたり、頻繁に行っている橋口家で料理を手伝って、ごちそうになっていた。
外食も好きで、一人で出かけれるタイプ。
実は結婚して料理を任されるのはとても気が重かった。
朝食だけならなんとかなりそう。
ケンさんは朝は喫茶店へモーニングに行くのも好きだ。
「へぇ、料理苦手なの?知らなかった。気にすんな。」
にこにこと笑顔で答えてくれた。
ケンさんが少しずつ自分の身の回りの物や服などをうちに運んでくるようになった。
8畳の部屋は使っておらず、来客の寝室用にしていたため物を置いてなかったが、あっという間にケンさんの物置き部屋になった。
洋服やアクセサリー、バッグ、スニーカーも多い。
「ケンさん・・・オシャレが好きなんだねぇ。」
「ごめん、持ってき過ぎちゃったなぁ。うちにはまだまだあるんだ。うん・・・ちょっと片づけていかないとだな。」
寝室は12畳あって、クローゼットには私の物がきちんと整頓されて入れられていて、広々としている。
ずっとセミダブルのマットレスを使っていたけど、ダブルベッドを買わないか、とケンさんが提案してきた。
「ゆっくりと寝たいだろ?」
どんどんケンさんの物に占領されていく気分になった。
いや、同棲なんてこんなもんなのかな。
シンジとは同棲をしなかった。
泊りもほぼ無かった。
シンジは実家暮らしだったそうだけど行ったことすら無かった。
ずっと他の女の子達の部屋を行ったり来たりしていた、と後から人に聞いた。
リビングダイニングだけは、個人の物を置かないで欲しいとお願いをして、今まで通りの風景がある。
だけど、ケンさんは帰宅したら帽子やバッグ、上着などをそこら辺に置きっぱなしにする癖があるとすぐに気づいた。
「半同棲とは言え・・・前途多難な気がして来た・・・。」
しーちゃんが紅茶を淹れてくれた。
「そんな事言ったらねぇ、結婚したらもっと苦痛になるよ?うちはもう息子が二人独立したからいいものの。子育て中は本当に大変だった。家の事ばっかりしてたよ。ノイローゼだったよ、あの頃は。うんほんとに。でもさ、ちょっとケンさん、子供っぽいとこがあったんだね。片付けが苦手なのは昔から聞いてたけどさ・・・。」
「妹家族の4LDKのフロア、隣が空いてるから。叔父さんに頼んで買おうかな。今の部屋売って・・・。」
「夫婦二人でそんな広い部屋買っちゃったら、余計な物どんどん持ってきちゃうよ?カレ!やめといたほうがいいと思うなぁ。」
「うん、それは俺も同感。」
ジンさんも大きくうなずく。
[二人で休みを合わせた日]
ケンさんの家に行って、キッチンの片付けと掃除をした。
丸二日かかった。
ポリ袋や食器洗剤やスポンジなど、使える物はは全部うちに運んできた。
食器などはほぼ処分する事に二人で決めた。
私は料理は苦手でも食器やマグカップはオシャレなお店で一つずつ選んだお気に入りの物ばっかりだ。
処分するものは大きなケースに入れて、うちの商店街の役員さん宅へ持って行った。
季節ごとに開催される、商店街の「ボロ市」で提供させてもらえる事になった。
「こんなにたくさん・・・!ありがとうございます。きっと奥様方に大盛況よ、これは!」
役員さんご夫婦はとても喜んでくれた。
「キッチン、やっつけたね。今度はお風呂とトイレを綺麗にしようね。ロフトの布団どうする?
もう家に泊まらないなら捨てちゃう?」
「え。ちょっと待って。そんなに俺の物を一気に捨てたがらないでよ・・・。めっちゃ疲れたよ。苦手な事ってするもんじゃないな。帰ったら休みたい・・・。」
珍しく弱音を吐いている。
夕方帰宅して一緒にお風呂に入り、ソファーで並んでTVを観ていたらケンさんは私にもたれかかってきた。
いつの間にか寝ていた。
「お疲れ様。ちょっとやり過ぎたかな。ま、いっか。」
頬に軽くキスをして、毛布を掛けてあげた。
2時間くらいして、寝室でゆっくり横になっていたところにケンさんが入ってきた。
「今夜は快眠できそうだよ。俺ってもしかして、嫌いな片付けをしたら疲れて眠れるのかな(笑)運動は不足じゃないはずなんだけど。」
ぎゅーっとしてくる。
「薬、飲まなくていいの?」
ケンさんは病院で不眠症の薬を処方してもらっている。
毎日は飲んでないけど、必要だと自分で感じた時には飲むようにしているそうだ。
「さっきの2時間睡眠でもかなり眠れたほうなんだ。でもまだ寝れそうだから今日は薬はいらない。」
おやすみのキスをきっちり忘れていない。
狭めのセミロングのマットの上で、ケンさんはわたしの胸に顔をうずめるようにして眠り始めた。
(かわいい・・・。)
暫く、頭を撫でてあげたり、背中をさすってあげた。
スースーと寝息を立てて眠った。
リビングのソファーに戻って、ジャスミンティーを飲む。
真由ちゃんに最近の出来事をラインした。
「今度、ご飯行こう!ゆっくり聞きたい。れいな達、恋愛ドラマみたいな恋してるよね(笑)」
その日は私が寝付けなくて、ネットでやっているドラマをイヤホンを付けて観ていた。
「おはよー、7時間も寝た。」
ケンさんが抱きついてきて、何度も頬や唇にキスをしてくる。
「おはよ。よく寝たね。顔がスッキリしてるように見えるよ!朝ごはん出来たよ。」
トーストとスクランブルエッグとサラダとコーヒー。
ケンさんは最近コーヒー豆のお店に出向いて、自分でブレンドした酸味が強めの豆を買ってきた。
結構お値段がしたみたいだけど、満足そう。
私は酸味が苦手なので、スーパーで買ったモカブレンドのドリップコーヒーだ。
「今夜はちょっと作業に集中したいから、スタジオに行ってくるよ。遅くなると思うから、先に寝てて。」
「スタジオ・・・行っちゃダメ?」
「えっ?来てくれるの?一緒に作業してるエンジニアの先輩がいるけど。良かったら紹介したいし。来て!場所は・・・知ってるよね。近くまで来たら外に出るから。連絡して。何時頃に来る?」
嬉しそう。
[その日の夜]
仕事終わりにスタジオへ向かった。
1階は駐車場、2階がスタジオ。
「着いたよ」
駐車場で電話をかける。
颯爽と降りて来てくれた。
2階へ案内される。
「倉田さん、来たよ~。」
「やぁ、どうも、いらしゃい。どうぞどうぞ。」
中に入るとリラックスできるように、ソファーが置いてあった。
「そこに座って」と、倉田さんに促される。
倉田さんは58歳だそうだ。
音楽の専門学校で制作を学んでから、ずっとこの仕事をしてきた。
ケンさんが3人分のコーヒーを持ってきてくれた。
「いいなぁ。いつかね、横浜のお土産のお菓子、ケンさんからいただいて。デート楽しかった?」
「はい。あんまり隠したりしないんですね、ケンさん。」
「そうだね、よく話は聞いてるよ。結婚も考えてるんでしょ?今が一番いいころだ!うちはね、奥さんと
2人なんだ。保護猫が4匹もいるけどね(笑)今度わが家にもおいで。猫アレルギー大丈夫?」
「はい、ぜひ。いつかケンさんと2人でお伺いしたいです。ねぇ?」
「うん。あのさ、婚姻届けの証人、一人は倉田さんでお願いしたいと思ってるんだ。
もう一人はれいなのほうで探してくれたらいいけど。」
「あ、そうなんだ。そう言うのもいるんだっけ?」
「誰でもいいらしいよ、友達とかでも。俺はね、25年間くらい倉田さんに仕事を教えて貰ったり、
お世話になってるから。」
証人も考えておかなくちゃなのかぁ・・・。
「で、いつ籍いれるの?」
倉田さんの一言。
正直、私はまだ先のことだと思っていた。
今は7月だ。
「まだ話してないんだよな。ね?でも俺としては年明けくらいには入籍したいかなぁって希望はあるんすよ。」
(え、知らなかった。婚約って1年先くらい猶予があるもんだと思ってたけど、別に規定は無いんだよね。)
結婚すると言うことは、北海道のケンさんのご家族や親戚に挨拶に行かなければいけない。
急に気が重くなってきた。
「今夜、遅くなるんでしょ?近くにデリカキッチンがあったから、何か夕飯になりそうなもの、買ってこようか。」
この話から逃げ出したくなった。
サラダとローストビーフと雑穀おむすびを二人分買って来た。
「それじゃ、おじゃましました~。」
「もうちょっと居ても良かったのに。」
ケンさんはそう言うと下まで送ってくれた。
駐車場で軽くキスをする。
今日はなんだかそんな気分になれなかった・・・。
帰宅してからも、そわそわしていた。
区役所のサイトで婚姻届けのページを見てみる。
あと1年くらいはこの気楽な独身生活を満喫したい。
ケンさんは来年の1月48歳になる。
運動神経がいいし、食生活も乱れていないし、健康そのもの。
不眠症は心配だけどこれは学生時代からの癖のようなものらしい。
メンタルは安定しているし、何より性格が良い。
精力も並みの47歳よりは旺盛な気もするし。
何も不安を抱えなくていいようにと、事前に色々条件も話し合ったじゃないか。
しーちゃんとジンさんが口を揃えて言う。
「マリッジブルーだね。間違いない。」
「結婚の話は少し控えてもらったら?」
しーちゃんの提案にジンさんが反応する。
「そんな事言ったら男は萎えちゃって、もう結婚をしなくなっちゃうぞ。それはダメだ。ケンさんは今、気分がノッテるんだよ。れいなちゃんの様子も冷静に見れないくらいに。」
加門さんが
「男は具体案が欲しいんだよね。あと1年、待ってもらったら。もう半同棲してるんだしさ。しばらくはこのままが、れいなちゃんはいいんでしょう?素直に話したら。」
と提案してくれる。
[ある日の休日]
久しぶりに二人の休日を合わせられた。
昨夜はケンさんが泊りに来て、録画していた音楽番組を観ながら最近の流行りの曲について話をして、楽しかった。
朝、リビングで考え事をしていた。
「おはよう、れいな。モーニング行く?」
「そうだね、いつものとこね。」
ハグをしてキスを何度かしたあと、支度をして出かけた。
喫茶店でいよいよ、思ったことを伝えた。
「えっ・・・(絶句)あと1年も先延ばしにすんの?それで良いって言うか、そのほうがれいなは良いって事なんだね?」
「ごめんね、長いよね。さっきも言ったけど、今の生活で大満足なんだよね。今のところ。」
「女の人って付き合ったら早く結婚したいんだと思ってたから。いや、それは俺の勝手な憶測だよな。そうかぁ・・・。」
「ショックだったらごめんね。本当に今凄く幸せなんだよ。指輪も外さずにずっと付けてるしね。」
「じゃぁ、逆に俺に求めてる物って、何かある?」
「焦らない事、かなぁ。」
「そうかぁ・・・。ちょっと一人で突っ走り過ぎたな。」
「でも、婚約者って事には変わらないんだよ、何度も言うけど。だからこれからもよろしくね。」
「うん、楽しく仲良く、やっていこうな。」
帰宅してから、ソファーでいちゃいちゃしていたけど、本格的に寝室へ入った。
昼間からこんなに濃厚な時間を過ごすのは久しぶりで、お互い燃えた。
ケンさんの背中からじっとりとした汗が止まらない。
燃え尽きたケンさんの額からも汗が落ちる。
一緒にお風呂に入って体を洗ってあげた。
手にボディーソープを付けてなでてあげる。
下半身を優しく洗ってあげると反応した。
浴槽の中でディープキスが止まらなかった。
夏なので二人とも下着のまま夕方までソファーで過ごした。
ずっとぴったりと体を寄せ合っている。
ゆっくりしていたらいつの間にか日が暮れかけていた。
いつもは寝つきの悪いケンさんがこの日の夜はは私より先に眠りについていた。
