[次の日]
ピコン
「お、は、よ、う。なんで無視するの?怒ってる?ちゃんと会って話がしたい。」
「しばらく仕事が忙しいの。来年度の採用の人事もあって。」
「いつなら時間取ってくれる?」
「今週いっぱいは無理かな。」
1週間、何度もジンさんちへ入り浸り、推理合戦をみんなで続けたが
「直接会って確かめるしかない。」
と言う、加門さんの一言でそうする決意を固めた。
人事で忙しいのは嘘だった、ただ、あゆむんだけはうちの会社で絶対取りたい人材であるには変わらない。
暫くケンさんの着信は出ず、ラインは既読だけにした。
「既読ついてるね。見てくれてるなら、いいよ。」
ケンジはほとほと困り果てていた。
次の週になると、私は結構元気になったのでラインを入れる事にした。
「おはよう。忙しくて疲れてて返事できなかったよ、ごめん。今週会いたいな。」
[商店街のこじんまりとした珈琲店にて]
待ち合わせ時間より早めに着いた。
事前に
「きちんと謝りたい。」
と言われていた。
時間になるとケンさんが入店した。
そこには、なんと・・・
園田シオも一緒だった。
細身で高身長、ライトグレーのパンツスーツ。
自分で言うのもアレだけど、私は胸はあるし、キュートなタイプ。
見た目は私とは正反対な女性。
「れいな。仕事お疲れ様。来てくれて良かった・・・。こちら、もう知ってると思うけどマネージャーの園田さん。」
「はじめまして。園田です。この度は、本当にごめんなさい!誤解を招くような行動を取ってしまいました!申し訳ありません。ケンさんからは、素敵な・・・とてもかわいらしい彼女が出来たんだ、って聞いていました。お互いのお祝いと言うことで、誕生日につい3人でちょっと飲みに出かけてしまったんです。れいなさんもお誘いすれば何もこんな事にならなかったんですよね。反省しています。」
深々とお辞儀したまま頭が上がってこない。
「わ、分かりました。私も話を聞かずに大人げなかったです。」
「園田さんは、20年間俺のマネージャーしてくれてるんだ。そんで、その間に大病をされて。色々大変な決断をされてきてる。それでも俺の仕事のバックアップはずっとしてきてくれたんだよ。」
「私、結婚はおろか、今後もたぶん恋愛をしないし、出来ないと自分で決めてるんですよね。病気をしてから余計仕事命になちゃって。子供を産めない体なんです。・・・って言うか年齢的にもう無理ですしね。ケンさんと同い年!47歳なんですよ。今はケンさんよりも若いミュージシャンのマネージャー業務で忙しいんです。正直、ケンさんは私がマネジメントしなくても自分でお仕事出来るかたです。サポート役って感じなんですよ。」
(なんて素直で誠実な女性なんだろう・・・)
ボーっとしていたところ、
「やっぱり!れいなさんって、話を聞いていた通り、かわいくて素敵~!癒し系だなぁ。オシャレだし。ケンさんの事、幸せにしてあげてください!私が言う事じゃないか。あはは。でも。本当によろしくお願いします!」
園田シオは明るく振舞ったあと、また深々と頭を下げた。
店を出てシオはタクシーで帰って行った。
「誤解とけた?」
「うん。ごめんね、なんか頑固だったよね、私」
「そうだな。無視されるの凄いきつかった!手、繋いでくれる?」
「腕組もう?」
私は自分の胸をわざとケンさんの腕にぎゅうっと押し付けて腕を組んだ。
「今日は泊まりたいから、このままれいなんち行く!ずっと我慢してたんだからな~!」
ドラッグストアへ寄って、我が家へ向かう。
情熱的な一夜が明けて、
「おはよ・・・ん~」
ベッドの中でケンさんが私の唇に自分の唇を何度も押し当ててくる。
幸せなんだけど、たまにちょっと重たい。
私は40歳、ケンさんは47歳、始めに話し合ってきちんと避妊をしている。
子供は作らない。
これはお互いに絶対の約束で、今まで守ってきている。
「なー、れいな。やっぱりちょっと子供が欲しいな~。って俺たまに思っちゃうんだよな。男なのに変かな。」
「変じゃないよ。私もケンさんの赤ちゃん、欲しかったな。あと10年か20年若かったら、の話だけど。」
「うん。分かってるんだ。頭では理解してる。だけど、俺もオスって事かな(笑)」
「ケンさん、オスだね。正真正銘の(笑)」
「そうだな。今更だよなー・・・。もっと早く出会いたかったなぁ。」
「若い頃に出会ってたら、お互い好きになってないかも知れないよ(笑)」
その時、シンジの存在を思い出した。
シンジ以上の男はいない。
ケンさんでも、だ。
自分の事を不純な女だなと思った。
[朝の店先]
ブルーベリーの苗と花壇の花に水をやっていた。
「おはようございます。」
ふいに声をかけられて振り向く。
「あ。佐々木先生、おはようございます。」
「心地良い天気ですね。いつも丁寧にお世話をされているんですね。」
「ほんと。良いお天気ですよね。あ、事務所に花瓶置かれませんか?ここのお花。」
「あー、せっかくなんですが、うち花瓶も無いような殺風景な事務所でして・・・。」
「いえ、花瓶は店にありますので!迷惑じゃなければで。」
「ありがとうございます。いやぁ、華やかになるだろうなぁ・・・。」
「後でお持ちします。」
佐々木先生は細身で高身長、はっきりとした顔立ち。
童顔のケンさんとは、ちょっと系統の違う顔の濃さがある。
時折、黒の高級車で外出しているのを見かける。
不動産部門のパートのおばちゃん曰く、バツイチで独身らしい。
おばちゃんは、そう言う事をサラっと聞ける才能が凄い。
建物横のチャイムを鳴らす。
弁護士事務所は普段、外階段のドアも施錠してある。
「あ、どうぞー。」
佐々木先生の声。
鍵が自動で開く。
階段を昇った先に事務所の受付があり、いかにも賢そうな美人な若い職員さんが窓口にいた。
「入っていただいて~。」
中から佐々木先生の声が聞こえる。
「どうぞ、こちらからお入りください。」
事務所には勝手に入れないシステムで、胸元まであるガードの操作を職員さんが解除してくれた。
お礼を言ってから、ゆっくりと中へ入っていく。
「あ。どうも。お忙しいのにわざわざ来ていただいて、すみません。」
「いえ、どこに置きましょうか?こことかどうですか?」
「おー、良いですね。やっぱり華やかになるなぁ。良かったら、コーヒーでも飲んで行かれませんか?
今ちょうど事務処理が一段落したところで。」
「ありがとうございます。いただきます。」
「ユウコちゃん、ごめん、コーヒー2つ入れてくれる?あ、お砂糖とミルクは?」
この事務所に入ったのも初めてで、佐々木先生がこんなに喋っているのを聞いたのも初だった。
コーヒーを飲みながら、15分くらい世間話をした。
「事務所を独立してやり始めましたけどね、これが結構孤独で(笑)たまにお店に喋りに伺ってもいいですか?あの、お仕事の邪魔にならない程度で・・・。」
「どうぞ、どうぞ。いつでもお待ちしています、リフレッシュしに来てください。うち、栄養ドリンクを置いてますので。疲れたらいつでも(笑)」
店に戻る。
「お帰りなさい。佐々木先生って、オーナーの事、好きなのかな。よく店の方見てる事がありますよ。」
「あゆむん、なんでそんな細かいとこ見てるの?しかも先生、ちょっとストーカーちっくじゃない?」
「大丈夫っす。ケンさんが来たときにバッティングしてた時ありましたから。単なる憧れ?片思いっすよ。」
ピコン
「仕事が一段落したから、今日泊まりに行ってもいい?」
「いいよー。夜ご飯、作るね。待ってる!」
ピンポン
約束通り19時にチャイムが鳴る。
ケンさんは時間に正確だ。
早過ぎもせず、遅れない。
きっと早過ぎた時は、どこかで時間をつぶしているんだと思う。
玄関でキスをする。
「あ。やっぱり。コーヒー飲んできたでしょ?たばこの味もする。早く来てもいいって言ってるのに~。」
「いやー、女性は何かしら準備があるから時間通りがいいのかなって。」
いつものニコニコ笑顔。
和食が好きなケンさんのために、豚汁と雑穀米と刺身を用意した。
「いただきます。あぁ、最高だなぁ。彼女の手料理食べれるのって。あ、でもね、女性に料理とか
家事をしてもらいたいわけじゃないんだ。俺もね、独身生活長いからさ。ある程度やってるし。あ、全然マメじゃないから、部屋はごちゃごちゃだけどさ。」
食事の準備をしてもらえた幸せを噛みしめている様子で、穏やかな笑みを見せてくれる。
明日はあゆむんにお店を任せて、急遽休みを取った。
久しぶりにゆっくり自宅デートをすることにした。
夕食のあと一緒にお風呂に入って、夜中まで録画していた映画をのんびり観た。
朝・・・。
昨夜もラブラブあつあつの一夜だった。
眠い。
「おはよう!今日はちょっと遠出のドライブデートしない?体調は大丈夫そう?」
優しく後ろからハグをしてくれる。
ケンさんの行動は全てに柔らかさがあり、優しいのだ。
「眠いかな。でもゆっくりドライブデートするのは初めてだね!行きたい!」
付き合いはじめて2カ月が経とうとしていた。
「じゃあ、あの喫茶店でモーニングしてから一旦俺んちに行って、横浜へ向かおう!実は横浜デート、してみたかったんだよなぁ。」
中学生の様な屈託のない笑顔を見せる。
ケンさんは商店街にお気に入りの喫茶店とカフェを2軒見つけている。
喫茶店のほうは園田シオが来た店だ。
沢山の豆の中から選んでじっくり淹れてくれる。
カフェのほうは夜中まで営業しているので、静かな時間帯になってから入店してPC作業をしたり物を書くのに居心地がいいんだとか。
ゆっくりと支度をする。
ケンさんと付き合いはじめてから、ボブだった髪の毛を少し伸ばしている。
今は肩下になった。
多めのぱっつん前髪だったけど(幼い印象かな)と思い、年上の彼氏に合わせてシースルーバングにして少し長めにしている。
「れいな、前髪長くない?目に当たって邪魔そう。もう少し短くても、かわいらしくて俺は好みかも?」
ケンさんはオシャレだ。
音楽と同じでこだわりがある。
流行りに関係なく自分が好きなものを、はっきりと言える人だ。
洗面所で私は自分の前髪を少し切った。
「え!自分で切るの!?」
ケンさんが驚く。
幼い頃から母親が居ない私は、今まで自分の前髪をずっと自分で切ってきた。
おかげで学生時代、友達から
「美容師になればいいのに。」
と言われていた。
「あぁ、切るの上手いな。そのほうがやっぱりかわいい!さぁ、出掛けますか。」
服はケンさんにコーディネートしてもらった。
手を繋いでいつもの商店街を歩く。
惣菜屋のおばちゃんやお肉屋さんのお兄さんと挨拶を交わす。
喫茶店で30分ほど過ごし、いざケンさんの自宅へ。
なんと一軒家。
20年前にプロデュースしたグループが大人気になり
「その時に無駄遣いせずに購入した、地味で堅実な買い物。」
らしい。
とりあえず・・・と言われてリビングに入れてもらった。
部屋はごちゃごちゃだ。
雑誌、レコード、CD、趣味のフィギュア、洋服など・・・音楽関係の物もそうじゃない物も、とりあえず置かれている状態。
「今度・・・掃除しに来よっか?」
「あー、すぐに散らかるから無駄だと思う(笑)俺全然、片付けとか出来ないんだ。なんならこの家売って、れいなんちに住みたいくらいだよ。でもまぁ、コイツら(音楽制作の機器)があるから、居候は無理だなー。座るとこはあるから。ここへどうぞ~。」
寝る時はロフトへ上がっているらしい。
食事は粗食なのでキッチンが荒れる心配は無いが綺麗とは言えない。
「やっぱりさぁ、今度キッチンだけでも掃除しに来るよ(笑)」
「そうだよな、お願いします。」
全然落ち着かないので早々に出発する事にした。
ケンさんの愛車は青のスポーツカーだ。
「キーボード運ぶのに全然向いてない。」
と言う愛車。
シンジの時は広々として乗り心地の良かったミニバンだった。
(スポーツカー酔いやすくて苦手なんだよね・・・)
近所のドラッグストアで酔い止めを買って飲んだ。
初めてのドライブデートで粗相はしたくない。
車は高速に入った。
SAで降りて、メロンパンを半分こする。
若いカップルみたいな事してるなぁ・・・
と、自分でも思ってしまう。
大きな橋を渡る。
都会の景色に海が映える。
「いい景色だね。この車、ここの道に雰囲気ピッタリじゃない?」
素直な感想を述べる。
「だよね。俺も思った。スポーツカーで走るのは爽快だなぁ。もうすぐ着くよ。」
車をパーキングに停めた。
「ちょっと距離あったけど疲れてない?」
頭を優しく撫でてくれる。
いつも通り優しい。
こんなに気遣いをして疲れないのか?と思うほどいつも優しい。
中華街で食事に入ろうか、それとも今朝から色々食べているので食べ歩きにしようか、と話をしながらお土産屋さんを覗いたりしていた。
結局さっきのメロンパンもお腹に残っているので、中華まんや豚の角煮をつまみながら歩いた。
「ケンさん、口についてるよー。」
「え?チューして取って?」
いたずらっこみたいな表情でニコニコしながら小声で返してくる。
「人が多いから、今はダメー。」
私は腕を組んで顔を近づけた。
公園へ移動する。
「歩いたな。ちょっと座ろっか。」
ベンチに腰をかける。
後ろから肩に手が回ってきた。
「キスしたい・・・。」
「あとでねー。今は我慢してー。」
顔を見合わせて笑い合った。
高校生カップルの列に紛れて、観覧車に乗る。
乗り込んだ途端に、もう我慢できない!とばかりに体を寄せてくるケンさん。
「真上に行ったらさ、キスしてもいいだろう?」
真上に行くまでが凄く長い時間のように感じた。
ずっと肩を抱き寄せてくれていた。お互い顔を寄せ合って見つめあった。
「恥ずかしいね。」
「ちょっと、なぁ。」
ニコニコしながら頭を撫でてくれる。
約束通り真上でとても濃厚な、熱いキスを交わした。
梅雨時期なので蒸し暑い。
観覧車から降りても、私たちはベッタリとくっついて、次は買い物へ。
「アクセサリー屋さんがあるな。」
「いいねー。お店の雰囲気も素敵。ちょっと覗いていい?」
「このハワイアンジュエリー、れいなに良く似合いそうだなぁ。」
「このネックレス、かわいいって私も思った~。」
シルバーのハワイアンジュエリーを何種類か鏡の前で着けて、ケンさんが大絶賛したものが
私も1番かわいいと思った。
値段を気にせずパッと買ってくれた。
「さてと。これは普通に旅のお土産、プレゼント。次は婚約指輪、探しに行くぞ。」
「え・・・?」
「冗談だよー、でも半分本気。れいなに指輪しててもらわないと。」
「え、どういう意味?」
「あのさぁ、店の2階の弁護士先生とかさ、商店街の肉屋の兄ちゃんとかさ。
みんなれいなの事、狙ってんの。それがもう鬱陶しすぎなんだよ!れいなは俺のカノジョだっつーの!」
「ケンさん、ずっとそんなこと考えてたの?」
「ついでに言うけどさ、バイトのあゆむんもだよ。まずはアイツからなんだよな。」
だんだんと独り言のようになっている。
百貨店に入った。
本格的な物を購入する気でいるらしい。
「れいなはどこのメーカーがいい?」
「百貨店でアクセサリー買ったことないから・・・こんな高級そうなお店も来た事ないよぅ・・・。
正直分かんない。先に予算決めた方が良くない?」
「婚約指輪だからなぁ、それなりの物にしよう。」
ケンさんお金持ちなのかな?それとも無理してるのかな・・・?
「いらっしゃいませ。」
リングを見ながら二人で話をしているとスタッフに声を掛けられた。
幾つかのメーカーをうろうろして、結婚指輪でよく聞く人気のメーカーで立ち止まった。
品揃えはさすがだ。
沢山あるので目移りする。
スタッフの対応も品があって素晴らしかった。
今までの彼氏には買って貰った事がないくらいの高価な指輪を買って貰った。
私は彼に何かをしてあげているだろうか。
いつもしてもらってばかり。
[次の日]
仕事中に真由ちゃんからラインが来た。
「れいなとケンさんのこと!ネットニュースになっちゃってる。大丈夫なの?」
「えぇぇぇ???」
転送された記事を読んだ。
「敏腕音楽プロデューサー、横浜の百貨店で高級指輪を彼女にプレゼント!」
どうやらあの時に対応したスタッフからのリークだったようだ。
ケンジのスタジオ
「くそー、何だよ、コソコソかぎまわって。卑怯だな。」
ベテランのエンジニアと2人で、若手のアイドルダンスユニットの音楽制作をしていた。
「今の時代は怖いよなぁ、何でもネットでコソコソやられるよな。俺の後輩もそうだぜ。若いスタッフ同士がそばにいるのに、会話をSNSでやりやがってるんだ。訳のわかんない時代だよなぁ。」
「だよねぇ。よし、今夜インスタにアップするか。その前に一応マネージャーに相談しておかないと、か。めんどくせー・・・。」
その夜、ケンさんから電話があった。
「付き合ってる事、婚約してるって事、インスタで発表してもいい?マネージャーにはオッケー貰った。」
「分かった、ここまで来たら仕方ないね。ってか、婚約、したっけ?約束(笑)」
「それは今度ちゃんとする!じゃ、今から文章考えてアップしないと。今ちょっとバタバタしてるから、後でまた連絡する!」
約1時間後、ケンさんのインスタにお知らせが投稿されて電話があった。
「急なやり取りになっちゃったな。巻き込んでごめんな。俺、テレビにもほとんど出たこと無いけど、まだ顔覚えて貰ってたんだなーって、ちょっと思ったわ(笑)でも迷惑だよなぁ。」
「インスタ、いいねが1万ついてたよ。やっぱり芸能人なんだね、ケンさん。ちょっと異次元の人かと思っちゃうよ。」
「いや。そんな事ないよ!もう表に出ずに15年は経ったし、ジンくんと加門くんとやってるライブなんてファンでも知らない人もいるし。来てくれない人のほうが多いのにね。俺はもう、裏方の人間なんだよ。」
そう言えば、私も始めはケンさんの顔を知らなかった。
ライブもせいぜい100人くらいの規模だった。
ピコン
「お、は、よ、う。なんで無視するの?怒ってる?ちゃんと会って話がしたい。」
「しばらく仕事が忙しいの。来年度の採用の人事もあって。」
「いつなら時間取ってくれる?」
「今週いっぱいは無理かな。」
1週間、何度もジンさんちへ入り浸り、推理合戦をみんなで続けたが
「直接会って確かめるしかない。」
と言う、加門さんの一言でそうする決意を固めた。
人事で忙しいのは嘘だった、ただ、あゆむんだけはうちの会社で絶対取りたい人材であるには変わらない。
暫くケンさんの着信は出ず、ラインは既読だけにした。
「既読ついてるね。見てくれてるなら、いいよ。」
ケンジはほとほと困り果てていた。
次の週になると、私は結構元気になったのでラインを入れる事にした。
「おはよう。忙しくて疲れてて返事できなかったよ、ごめん。今週会いたいな。」
[商店街のこじんまりとした珈琲店にて]
待ち合わせ時間より早めに着いた。
事前に
「きちんと謝りたい。」
と言われていた。
時間になるとケンさんが入店した。
そこには、なんと・・・
園田シオも一緒だった。
細身で高身長、ライトグレーのパンツスーツ。
自分で言うのもアレだけど、私は胸はあるし、キュートなタイプ。
見た目は私とは正反対な女性。
「れいな。仕事お疲れ様。来てくれて良かった・・・。こちら、もう知ってると思うけどマネージャーの園田さん。」
「はじめまして。園田です。この度は、本当にごめんなさい!誤解を招くような行動を取ってしまいました!申し訳ありません。ケンさんからは、素敵な・・・とてもかわいらしい彼女が出来たんだ、って聞いていました。お互いのお祝いと言うことで、誕生日につい3人でちょっと飲みに出かけてしまったんです。れいなさんもお誘いすれば何もこんな事にならなかったんですよね。反省しています。」
深々とお辞儀したまま頭が上がってこない。
「わ、分かりました。私も話を聞かずに大人げなかったです。」
「園田さんは、20年間俺のマネージャーしてくれてるんだ。そんで、その間に大病をされて。色々大変な決断をされてきてる。それでも俺の仕事のバックアップはずっとしてきてくれたんだよ。」
「私、結婚はおろか、今後もたぶん恋愛をしないし、出来ないと自分で決めてるんですよね。病気をしてから余計仕事命になちゃって。子供を産めない体なんです。・・・って言うか年齢的にもう無理ですしね。ケンさんと同い年!47歳なんですよ。今はケンさんよりも若いミュージシャンのマネージャー業務で忙しいんです。正直、ケンさんは私がマネジメントしなくても自分でお仕事出来るかたです。サポート役って感じなんですよ。」
(なんて素直で誠実な女性なんだろう・・・)
ボーっとしていたところ、
「やっぱり!れいなさんって、話を聞いていた通り、かわいくて素敵~!癒し系だなぁ。オシャレだし。ケンさんの事、幸せにしてあげてください!私が言う事じゃないか。あはは。でも。本当によろしくお願いします!」
園田シオは明るく振舞ったあと、また深々と頭を下げた。
店を出てシオはタクシーで帰って行った。
「誤解とけた?」
「うん。ごめんね、なんか頑固だったよね、私」
「そうだな。無視されるの凄いきつかった!手、繋いでくれる?」
「腕組もう?」
私は自分の胸をわざとケンさんの腕にぎゅうっと押し付けて腕を組んだ。
「今日は泊まりたいから、このままれいなんち行く!ずっと我慢してたんだからな~!」
ドラッグストアへ寄って、我が家へ向かう。
情熱的な一夜が明けて、
「おはよ・・・ん~」
ベッドの中でケンさんが私の唇に自分の唇を何度も押し当ててくる。
幸せなんだけど、たまにちょっと重たい。
私は40歳、ケンさんは47歳、始めに話し合ってきちんと避妊をしている。
子供は作らない。
これはお互いに絶対の約束で、今まで守ってきている。
「なー、れいな。やっぱりちょっと子供が欲しいな~。って俺たまに思っちゃうんだよな。男なのに変かな。」
「変じゃないよ。私もケンさんの赤ちゃん、欲しかったな。あと10年か20年若かったら、の話だけど。」
「うん。分かってるんだ。頭では理解してる。だけど、俺もオスって事かな(笑)」
「ケンさん、オスだね。正真正銘の(笑)」
「そうだな。今更だよなー・・・。もっと早く出会いたかったなぁ。」
「若い頃に出会ってたら、お互い好きになってないかも知れないよ(笑)」
その時、シンジの存在を思い出した。
シンジ以上の男はいない。
ケンさんでも、だ。
自分の事を不純な女だなと思った。
[朝の店先]
ブルーベリーの苗と花壇の花に水をやっていた。
「おはようございます。」
ふいに声をかけられて振り向く。
「あ。佐々木先生、おはようございます。」
「心地良い天気ですね。いつも丁寧にお世話をされているんですね。」
「ほんと。良いお天気ですよね。あ、事務所に花瓶置かれませんか?ここのお花。」
「あー、せっかくなんですが、うち花瓶も無いような殺風景な事務所でして・・・。」
「いえ、花瓶は店にありますので!迷惑じゃなければで。」
「ありがとうございます。いやぁ、華やかになるだろうなぁ・・・。」
「後でお持ちします。」
佐々木先生は細身で高身長、はっきりとした顔立ち。
童顔のケンさんとは、ちょっと系統の違う顔の濃さがある。
時折、黒の高級車で外出しているのを見かける。
不動産部門のパートのおばちゃん曰く、バツイチで独身らしい。
おばちゃんは、そう言う事をサラっと聞ける才能が凄い。
建物横のチャイムを鳴らす。
弁護士事務所は普段、外階段のドアも施錠してある。
「あ、どうぞー。」
佐々木先生の声。
鍵が自動で開く。
階段を昇った先に事務所の受付があり、いかにも賢そうな美人な若い職員さんが窓口にいた。
「入っていただいて~。」
中から佐々木先生の声が聞こえる。
「どうぞ、こちらからお入りください。」
事務所には勝手に入れないシステムで、胸元まであるガードの操作を職員さんが解除してくれた。
お礼を言ってから、ゆっくりと中へ入っていく。
「あ。どうも。お忙しいのにわざわざ来ていただいて、すみません。」
「いえ、どこに置きましょうか?こことかどうですか?」
「おー、良いですね。やっぱり華やかになるなぁ。良かったら、コーヒーでも飲んで行かれませんか?
今ちょうど事務処理が一段落したところで。」
「ありがとうございます。いただきます。」
「ユウコちゃん、ごめん、コーヒー2つ入れてくれる?あ、お砂糖とミルクは?」
この事務所に入ったのも初めてで、佐々木先生がこんなに喋っているのを聞いたのも初だった。
コーヒーを飲みながら、15分くらい世間話をした。
「事務所を独立してやり始めましたけどね、これが結構孤独で(笑)たまにお店に喋りに伺ってもいいですか?あの、お仕事の邪魔にならない程度で・・・。」
「どうぞ、どうぞ。いつでもお待ちしています、リフレッシュしに来てください。うち、栄養ドリンクを置いてますので。疲れたらいつでも(笑)」
店に戻る。
「お帰りなさい。佐々木先生って、オーナーの事、好きなのかな。よく店の方見てる事がありますよ。」
「あゆむん、なんでそんな細かいとこ見てるの?しかも先生、ちょっとストーカーちっくじゃない?」
「大丈夫っす。ケンさんが来たときにバッティングしてた時ありましたから。単なる憧れ?片思いっすよ。」
ピコン
「仕事が一段落したから、今日泊まりに行ってもいい?」
「いいよー。夜ご飯、作るね。待ってる!」
ピンポン
約束通り19時にチャイムが鳴る。
ケンさんは時間に正確だ。
早過ぎもせず、遅れない。
きっと早過ぎた時は、どこかで時間をつぶしているんだと思う。
玄関でキスをする。
「あ。やっぱり。コーヒー飲んできたでしょ?たばこの味もする。早く来てもいいって言ってるのに~。」
「いやー、女性は何かしら準備があるから時間通りがいいのかなって。」
いつものニコニコ笑顔。
和食が好きなケンさんのために、豚汁と雑穀米と刺身を用意した。
「いただきます。あぁ、最高だなぁ。彼女の手料理食べれるのって。あ、でもね、女性に料理とか
家事をしてもらいたいわけじゃないんだ。俺もね、独身生活長いからさ。ある程度やってるし。あ、全然マメじゃないから、部屋はごちゃごちゃだけどさ。」
食事の準備をしてもらえた幸せを噛みしめている様子で、穏やかな笑みを見せてくれる。
明日はあゆむんにお店を任せて、急遽休みを取った。
久しぶりにゆっくり自宅デートをすることにした。
夕食のあと一緒にお風呂に入って、夜中まで録画していた映画をのんびり観た。
朝・・・。
昨夜もラブラブあつあつの一夜だった。
眠い。
「おはよう!今日はちょっと遠出のドライブデートしない?体調は大丈夫そう?」
優しく後ろからハグをしてくれる。
ケンさんの行動は全てに柔らかさがあり、優しいのだ。
「眠いかな。でもゆっくりドライブデートするのは初めてだね!行きたい!」
付き合いはじめて2カ月が経とうとしていた。
「じゃあ、あの喫茶店でモーニングしてから一旦俺んちに行って、横浜へ向かおう!実は横浜デート、してみたかったんだよなぁ。」
中学生の様な屈託のない笑顔を見せる。
ケンさんは商店街にお気に入りの喫茶店とカフェを2軒見つけている。
喫茶店のほうは園田シオが来た店だ。
沢山の豆の中から選んでじっくり淹れてくれる。
カフェのほうは夜中まで営業しているので、静かな時間帯になってから入店してPC作業をしたり物を書くのに居心地がいいんだとか。
ゆっくりと支度をする。
ケンさんと付き合いはじめてから、ボブだった髪の毛を少し伸ばしている。
今は肩下になった。
多めのぱっつん前髪だったけど(幼い印象かな)と思い、年上の彼氏に合わせてシースルーバングにして少し長めにしている。
「れいな、前髪長くない?目に当たって邪魔そう。もう少し短くても、かわいらしくて俺は好みかも?」
ケンさんはオシャレだ。
音楽と同じでこだわりがある。
流行りに関係なく自分が好きなものを、はっきりと言える人だ。
洗面所で私は自分の前髪を少し切った。
「え!自分で切るの!?」
ケンさんが驚く。
幼い頃から母親が居ない私は、今まで自分の前髪をずっと自分で切ってきた。
おかげで学生時代、友達から
「美容師になればいいのに。」
と言われていた。
「あぁ、切るの上手いな。そのほうがやっぱりかわいい!さぁ、出掛けますか。」
服はケンさんにコーディネートしてもらった。
手を繋いでいつもの商店街を歩く。
惣菜屋のおばちゃんやお肉屋さんのお兄さんと挨拶を交わす。
喫茶店で30分ほど過ごし、いざケンさんの自宅へ。
なんと一軒家。
20年前にプロデュースしたグループが大人気になり
「その時に無駄遣いせずに購入した、地味で堅実な買い物。」
らしい。
とりあえず・・・と言われてリビングに入れてもらった。
部屋はごちゃごちゃだ。
雑誌、レコード、CD、趣味のフィギュア、洋服など・・・音楽関係の物もそうじゃない物も、とりあえず置かれている状態。
「今度・・・掃除しに来よっか?」
「あー、すぐに散らかるから無駄だと思う(笑)俺全然、片付けとか出来ないんだ。なんならこの家売って、れいなんちに住みたいくらいだよ。でもまぁ、コイツら(音楽制作の機器)があるから、居候は無理だなー。座るとこはあるから。ここへどうぞ~。」
寝る時はロフトへ上がっているらしい。
食事は粗食なのでキッチンが荒れる心配は無いが綺麗とは言えない。
「やっぱりさぁ、今度キッチンだけでも掃除しに来るよ(笑)」
「そうだよな、お願いします。」
全然落ち着かないので早々に出発する事にした。
ケンさんの愛車は青のスポーツカーだ。
「キーボード運ぶのに全然向いてない。」
と言う愛車。
シンジの時は広々として乗り心地の良かったミニバンだった。
(スポーツカー酔いやすくて苦手なんだよね・・・)
近所のドラッグストアで酔い止めを買って飲んだ。
初めてのドライブデートで粗相はしたくない。
車は高速に入った。
SAで降りて、メロンパンを半分こする。
若いカップルみたいな事してるなぁ・・・
と、自分でも思ってしまう。
大きな橋を渡る。
都会の景色に海が映える。
「いい景色だね。この車、ここの道に雰囲気ピッタリじゃない?」
素直な感想を述べる。
「だよね。俺も思った。スポーツカーで走るのは爽快だなぁ。もうすぐ着くよ。」
車をパーキングに停めた。
「ちょっと距離あったけど疲れてない?」
頭を優しく撫でてくれる。
いつも通り優しい。
こんなに気遣いをして疲れないのか?と思うほどいつも優しい。
中華街で食事に入ろうか、それとも今朝から色々食べているので食べ歩きにしようか、と話をしながらお土産屋さんを覗いたりしていた。
結局さっきのメロンパンもお腹に残っているので、中華まんや豚の角煮をつまみながら歩いた。
「ケンさん、口についてるよー。」
「え?チューして取って?」
いたずらっこみたいな表情でニコニコしながら小声で返してくる。
「人が多いから、今はダメー。」
私は腕を組んで顔を近づけた。
公園へ移動する。
「歩いたな。ちょっと座ろっか。」
ベンチに腰をかける。
後ろから肩に手が回ってきた。
「キスしたい・・・。」
「あとでねー。今は我慢してー。」
顔を見合わせて笑い合った。
高校生カップルの列に紛れて、観覧車に乗る。
乗り込んだ途端に、もう我慢できない!とばかりに体を寄せてくるケンさん。
「真上に行ったらさ、キスしてもいいだろう?」
真上に行くまでが凄く長い時間のように感じた。
ずっと肩を抱き寄せてくれていた。お互い顔を寄せ合って見つめあった。
「恥ずかしいね。」
「ちょっと、なぁ。」
ニコニコしながら頭を撫でてくれる。
約束通り真上でとても濃厚な、熱いキスを交わした。
梅雨時期なので蒸し暑い。
観覧車から降りても、私たちはベッタリとくっついて、次は買い物へ。
「アクセサリー屋さんがあるな。」
「いいねー。お店の雰囲気も素敵。ちょっと覗いていい?」
「このハワイアンジュエリー、れいなに良く似合いそうだなぁ。」
「このネックレス、かわいいって私も思った~。」
シルバーのハワイアンジュエリーを何種類か鏡の前で着けて、ケンさんが大絶賛したものが
私も1番かわいいと思った。
値段を気にせずパッと買ってくれた。
「さてと。これは普通に旅のお土産、プレゼント。次は婚約指輪、探しに行くぞ。」
「え・・・?」
「冗談だよー、でも半分本気。れいなに指輪しててもらわないと。」
「え、どういう意味?」
「あのさぁ、店の2階の弁護士先生とかさ、商店街の肉屋の兄ちゃんとかさ。
みんなれいなの事、狙ってんの。それがもう鬱陶しすぎなんだよ!れいなは俺のカノジョだっつーの!」
「ケンさん、ずっとそんなこと考えてたの?」
「ついでに言うけどさ、バイトのあゆむんもだよ。まずはアイツからなんだよな。」
だんだんと独り言のようになっている。
百貨店に入った。
本格的な物を購入する気でいるらしい。
「れいなはどこのメーカーがいい?」
「百貨店でアクセサリー買ったことないから・・・こんな高級そうなお店も来た事ないよぅ・・・。
正直分かんない。先に予算決めた方が良くない?」
「婚約指輪だからなぁ、それなりの物にしよう。」
ケンさんお金持ちなのかな?それとも無理してるのかな・・・?
「いらっしゃいませ。」
リングを見ながら二人で話をしているとスタッフに声を掛けられた。
幾つかのメーカーをうろうろして、結婚指輪でよく聞く人気のメーカーで立ち止まった。
品揃えはさすがだ。
沢山あるので目移りする。
スタッフの対応も品があって素晴らしかった。
今までの彼氏には買って貰った事がないくらいの高価な指輪を買って貰った。
私は彼に何かをしてあげているだろうか。
いつもしてもらってばかり。
[次の日]
仕事中に真由ちゃんからラインが来た。
「れいなとケンさんのこと!ネットニュースになっちゃってる。大丈夫なの?」
「えぇぇぇ???」
転送された記事を読んだ。
「敏腕音楽プロデューサー、横浜の百貨店で高級指輪を彼女にプレゼント!」
どうやらあの時に対応したスタッフからのリークだったようだ。
ケンジのスタジオ
「くそー、何だよ、コソコソかぎまわって。卑怯だな。」
ベテランのエンジニアと2人で、若手のアイドルダンスユニットの音楽制作をしていた。
「今の時代は怖いよなぁ、何でもネットでコソコソやられるよな。俺の後輩もそうだぜ。若いスタッフ同士がそばにいるのに、会話をSNSでやりやがってるんだ。訳のわかんない時代だよなぁ。」
「だよねぇ。よし、今夜インスタにアップするか。その前に一応マネージャーに相談しておかないと、か。めんどくせー・・・。」
その夜、ケンさんから電話があった。
「付き合ってる事、婚約してるって事、インスタで発表してもいい?マネージャーにはオッケー貰った。」
「分かった、ここまで来たら仕方ないね。ってか、婚約、したっけ?約束(笑)」
「それは今度ちゃんとする!じゃ、今から文章考えてアップしないと。今ちょっとバタバタしてるから、後でまた連絡する!」
約1時間後、ケンさんのインスタにお知らせが投稿されて電話があった。
「急なやり取りになっちゃったな。巻き込んでごめんな。俺、テレビにもほとんど出たこと無いけど、まだ顔覚えて貰ってたんだなーって、ちょっと思ったわ(笑)でも迷惑だよなぁ。」
「インスタ、いいねが1万ついてたよ。やっぱり芸能人なんだね、ケンさん。ちょっと異次元の人かと思っちゃうよ。」
「いや。そんな事ないよ!もう表に出ずに15年は経ったし、ジンくんと加門くんとやってるライブなんてファンでも知らない人もいるし。来てくれない人のほうが多いのにね。俺はもう、裏方の人間なんだよ。」
そう言えば、私も始めはケンさんの顔を知らなかった。
ライブもせいぜい100人くらいの規模だった。
