GWの悲劇

名古屋の朝は、まだ少し眠たそうな空気に包まれていた。

「荷物入れ終わった?」
彼氏がスーツケースを閉めながら僕に聞いた。

「うん、大丈夫。忘れ物……ないと思う」

少し不安になりながらも、僕たちは家を出た。

あおなみ線に揺られながら、窓の外の景色をぼんやり眺める。
今日から福島への旅が始まる。

名古屋駅へ着くと、人の多さと騒がしさが一気に押し寄せてきた。

「先にお土産買おっか」
「そうだね。駅弁も見たい」

福島の友だちへ渡すお土産を選び、駅弁を買い、改札の中へ入る。
そして僕たちは、新幹線ホームにある立ち食いきしめんの店へ向かった。

「久しぶりだね、ここ」
彼氏が少し嬉しそうに笑う。

「住吉のきしめん、やっぱ好きだわ」

立ったまま熱いきしめんを食べる。
それだけなのに、なぜか特別な時間に感じた。

まだ新幹線まで時間があったため、彼氏はスマホを見ていて、僕はイヤホンで音楽を聞きながら時間を潰した。

やがて新幹線が来て、僕たちは席へ座った。

「東京まで長いねー」
「でも旅って感じして好き」

窓の外を流れていく街並み。
おやつを食べながら、彼氏と「あれどこだろう?」と話し合う。

「静岡かな?」
「いや、まだじゃない?」

そんな何気ない会話が心地良かった。

彼氏と話していると、色々な考えが頭に浮かぶ。
過去のこと。これからのこと。自分のこと。

でも、不思議と今日は苦しくなかった。
新幹線の時間が、有意義なものに感じられた。

東京駅へ到着すると、一気に現実へ引き戻された。

「え、どこ?」
「広すぎん?」

僕たちは、いわきへ向かう電車乗り場を探して歩き回った。

人混み。案内板。焦り。
次の電車の時間も迫っていた。

「やばい、間に合わんかも……」

焦っている僕に、駅員が声をかけてくれた。

「七番線ですよ」

「ありがとうございます!」

僕たちは急いで七番線へ向かった。

ちょうどやって来たのは、ひたち号仙台行き。

「間に合ったぁ……」
彼氏が座席に座った瞬間、大きく息を吐いた。

車内では、また二人で色々な話をした。
気づけば福島県に入っていた。

「え、もう福島?」
「早かったね」

さらに僕のテンションを上げたのは、車内販売だった。

「今どき車内販売あるの、なんか嬉しい」
「わかる」

そんな話をしているうちに、いわき駅へ到着した。

駅前のロータリーには、もう友だちが待っていた。

「久しぶり!」

三年ぶりに会ったモンちゃんは、何も変わっていなかった。

でも僕にとって、この人はただの友だちじゃない。

五年前、僕が空へ行こうとした時、止めてくれた人。
命の恩人だった。

「寒っ!」
彼氏が肩をすくめる。

「半袖だからでしょ」

いわきの空気は、名古屋よりずっと冷たかった。

家へ着くと、一匹のダックスフンドが勢いよく走ってきた。

「うわ、可愛い……!」

彼氏の目が一瞬で輝く。

犬は彼氏の近くへ行ったり離れたりを繰り返していた。

「おいでー!」
彼氏が抱き上げようとする。

しかし犬は、するりと逃げる。

「あっ、逃げた!」
僕は思わず笑ってしまった。

その後、モンちゃんの友達であるNさんもやって来た。

初対面だった僕は緊張してしまい、ほとんど犬とばかり遊んでいた。

「めっちゃ犬と話してるじゃん」
モンちゃんが笑う。

「だ、だって緊張するし……」

少し休憩したあと、四人で会津の別荘へ向かうことになった。

車内ではモンちゃんとNさんが前で盛り上がっていた。

僕は窓の外を眺めながら、流れる音楽を聞いていた。

けれど、その中に苦手なジャンルの曲が流れた瞬間、胸がざわついた。

――やめてくれ。

過去を思い出しそうになる。

でも、三人は楽しそうだった。
だから僕は何も言えなかった。

会津へ到着すると、まず志田浜へ向かった。

湖に映る夕日が、信じられないほど綺麗だった。

「うわぁ……」

誰かが小さく声を漏らす。

その景色を見ているだけで、心が静かになっていく気がした。

写真を撮り終えると、僕たちはスーパーへ向かった。

そこでIさん親子と合流し、二台の車で別荘へ向かう。

山道は真っ暗だった。

「これ大丈夫? 事故らない?」
僕は内心かなりビクビクしていた。

しかもモンちゃんは別荘の場所を少し忘れていた。

「え、ここだっけ?」
「違う違う、その先!」

十五分ほど迷ったあと、ようやく別荘へ到着した。

外は真っ暗で景色は見えない。

でも僕は思った。

――晴れたら絶対綺麗だ。

別荘では、みんなで宅飲みの準備を始めた。

初対面の人が三人。

僕は緊張して、ほとんど動けなかった。

「どうした、静かすぎるぞ」
モンちゃんが笑う。

「人見知り発動してる……」

でもモンちゃんが場を盛り上げてくれたおかげで、少しずつ話せるようになっていった。

さらに驚いたのは、モンちゃんが僕との出会いをみんなに話していたことだった。

「だから、前から知ってたよ」
Iちゃんが笑う。

それが少し嬉しかった。

夜が深くなるにつれて、モンちゃんとNさんは同じ話を何度も繰り返していた。

時計を見ると、もう深夜二時。

「まだ寝ないの……?」

眠気と戦いながら話を聞いていると、やがて彼氏とIさんが寝る準備を始めた。

その後は、モンちゃん、Nさん、Iちゃん、僕の四人で話した。

モンちゃんの言葉に、何度も泣きそうになった。

そして気づけば、Iちゃんとも普通に話せるようになっていた。

「友だちになろ!」
Iちゃんが笑う。

「うん」

その言葉が、なんだか嬉しかった。

やっと寝る時間になった頃には、もう体はクタクタだった。

本当は彼氏と寝たかった。
でもIちゃんが「一緒に寝たい」と言ってくれた。

二階では、Iちゃんと僕、そして彼氏が眠ることになった。

けれど、新しい場所。
雨音。
薬を忘れた不安。

全然眠れなかった。

イヤホンで音楽を聞きながら、暗い天井を見つめる。

でも今日は、良い日だった。

名古屋から無事に福島へ来られた。
モンちゃんに再会できた。
彼氏の新しい一面も見られた。
新しい友だちもできた。

そして何より――

「もう、友達は辞める」

突然そう言われた時、僕は心臓が止まりそうになった。

――嫌われた。

そう思った次の瞬間。

「今日から“大親友”としてよろしく」

モンちゃんが笑った。

その瞬間、胸が熱くなった。

この人は、僕の命を救ってくれた人。
誰よりも信頼している人。

恋愛じゃない。
でも、確かに特別だった。

――これからも大切にしていきたい。

そう強く思った。

窓の外では、まだ雨が降っていた。

でも僕の心は、不思議なくらい温かかった。