孤高の心臓外科医は、憎しみの元恋人を熱情で囲い込む



地平線が、淡い水色の空と交わり、滲んでいるように見えた。
気づけば、一葉はあの懇親会を飛び出していた。
どこへ向かうつもりだったのかもわからないまま、足は勝手にこの海まで辿り着いていた。

近くの小さな民宿に身を寄せ、一晩だけ泊まることにした。会社には体調不良だと連絡を入れて、休みをもらっている。
スマートフォンには、悠醐からの着信とメッセージが何件も入っており、一葉は一言【離婚します】とだけ送った。
そのメッセージ画面を見るたびに、胸が締めつけられる。

(……最低だ)

逃げるように姿を消して、何も伝えず、連絡まで無視して。
それでも、今は、彼の声を聞くことが怖い。

なんだか、こういうアングルで、昔絵を描いたような気がするな」
堤防に腰を下ろし、足を投げ出す。
目の前には、どこまでも続く壮大な海が広がっている。

一葉は両手で正方形を作り、エアーのカメラをセッティングした。

『一葉、海はただの水色なんかじゃないぞ。光の当たり方で、少し赤みがかるところもあれば、すごく暗い緑に見えるところもあるんだ』
『わぁ……本当だぁ』

その昔、入院している母に絵をプレゼントしようと思いつき、父と一緒に海岸へやってきたことがあった。
一葉を膝に抱いた父は、額に汗をかきながら、子どものように目を輝かせて海を眺めていた。

その横顔が、なんだか男らしくて、眩しくて。
一葉は思わず笑ってしまった。

『海と一緒に、お父さんも描こう。そしたらお母さんもひとりじゃないって、喜ぶと思うから』

すると父は言った。

『だったら、一葉もちゃんと俺の横に描いてくれ。家族は三人なんだから。な?』

父の優しい笑顔に、一葉の笑顔が溢れた。
父はその昔、家族を養うために寝る間も惜しんで仕事をしてくれていた。だが時間を見つけて、一葉を外に連れ出したり、子育てにも手を抜いていなかった。

そんな遠い記憶を思い出しながら、一葉はすぐ近くにあった石ころを思い切り海の方に飛ばした。

「お父さんなんか、大っ嫌い!」