悠醐は、一葉に腕を掴まれたまま、わずかに首を傾げる。
困ったようでいて、どこか楽しんでいるような、柔らかな笑みだった。
一葉は一瞬だけ迷い、それでも視線を逸らさずに口を開く。
「悠醐さんの秘密、ひとつだけ教えてくれませんか?」
「秘密?」
小さく繰り返し、彼はわずかに目を細めた。
「俺は一葉に隠し事なんてしてないつもりだが」
その穏やかな言い方に、一葉はかすかに首を振る。
「それは、嘘です」
自分でも驚くほど、はっきりと言い切った。
「〝退屈な話〟が好きな、本当の悠醐さんを私は、まだ知らない」
一葉の言葉に、悠醐はわずかに目を見開き、そのまま口を閉ざした。
いつもは、落ち着いた佇まいで一葉を見守ってくれるし、一緒にいて心地いい。心から安心できる。
だがどこかに、触れてはいけない境界のようなものがある。彼の中にある〝孤独〟の核心に、一葉はまだ一度も触れたことがない。
そのことが、どうしようもなく寂しかった。想いが深くなるほどに、彼が遠ざかっていくような気がして。
やがて悠醐は、ふっと小さく息を漏らすように笑い、一葉の頭を優しく撫でる。
「そんな顔をするな」
低く落ち着いた声が、一葉の浮足立った心を沈めていく。
「ちゃんと付き合ってから話すつもりだったんだが」
悠醐が、少しためらうような間をおいて、そっと口を開いた。
「俺は、孤児だ」
(え……?)
それは、一葉が想像していたよりもずっと重たく、冷たい内容だった。
悠醐は生まれてから父親はおらず、女手ひとつで幼少期は育てられたこと。生活費を稼ぐために、母親は夜の世界で働き、ほとんど家に帰ってこなくなってしまったこと……。
「まだ小学生の俺は金を稼ぐ手段がなくて、ひたすら母親の帰りを待った。腹が空くから、なるべく動かないように、学校が終わったら図書館で本を読んで空腹を紛らわした。だが結局、何日立っても母親は一向に帰ってこなくて、ついに俺は自宅で栄養失調で倒れた」
衝撃的な内容に、一葉は言葉を失う。
彼が本が好きになった理由が元々空腹を紛らわすためだったなんて、なんて悲しい事実なのだろう。
だが彼の横顔がやけに落ち着いていて、全く遠い人の話をしているかのようにも見える。
「学校にも来ず連絡がつかないことを心配した担任が家に来て、見つけてくれたおかげでなんとかなった。すぐに救急車で運ばれて、そこから入院して……退院してからは家には戻らず、児童養護施設での生活が始まった」


