悠醐は満足したように、一葉の腰を抱き、その場を後にする。
心は穏やかだった。何か、ひとつの区切りがついたようで。
(ただ、この結婚が純粋な結婚だったら、一番いいんだけど……)
これは仮初の結婚だという事実が、一葉の心に重くのしかかる。
だが、以前のふたりとはわけが違う。
(このまま本当の夫婦になる未来を、思い描いちゃだめかな……?)
思い描いた瞬間、胸の奥がかすかに痛んだ。叶うかどうかもわからないものに手を伸ばしかけている自分が、ひどく危うく思える。
それでも、隣にある体温を感じるたび、彼の笑顔を見るたびに……。
諦めきれない想いが、静かに膨らんでいくのを止められなかった。
会が終盤に差し掛かるころ、会場の空気は頂点へと向かっていた。
悠醐は他病院の医師と気が合ったようで、専門的な話を始める。すぐに一葉は自分がいる場合ではないと気を利かせ、悠醐に耳打ちした。
「悠醐さん、少し酔ってしまって……涼んでくるので、お話なさってくださいね」
悠醐は一瞬躊躇うような表情を見せたが、一葉が気丈に笑って見せたので、ふっと表情を緩めた。
「わかった。気をつけて。何かあったらすぐ電話を」
「はい……!」
過保護すぎる悠醐をくすぐったく思いながら、一葉の気持ちは弾んでいた。
(悠醐さんの邪魔しちゃいけない。少し時間を潰そう)
そう考えた一葉はお手洗いでメイクを軽く直そうと、会場を出た。
お手洗いに繋がる人気が少ない廊下を歩いていると、不意に男女の話し声が耳に届いた。
「おいおい! あの篠宮の娘と五十嵐が結婚したってどういうことだよ」
(え……?)
自分たちの話をしている者がいる。


