孤高の心臓外科医は、憎しみの元恋人を熱情で囲い込む

悠醐だけじゃなく、自分も同様に全身がびしょ濡れだった。

(恥ずかしい……)

慌ててタオルで身体を押さえるように拭く。やがて、一葉の手が止まったのを察したのか、そっと視線をこちらに投げてきた。

「終わったか」
「は、はい……」

答えた瞬間、再び身体がふわりと浮いた。

「わっ……」

何の前触れもなく、横抱きにされる。

「歩くな。まだだめだ」
 
短く言い切り、そのまま足早に廊下を進む。
抵抗する間もなく、一葉は自室へと運ばれ、ベッドの上にそっと下ろされた。

「今から氷持ってくる。冷やすのを続けるから、着替えておいて」
「わ、わかりました……」

こくこくと頷くと、悠醐はすぐに部屋を出ていく。
その背中を見送りながら、一葉は胸元を押さえた。さっきまでの出来事が、まだ現実のものとしてまだ整理できていない。

(どうして……こんなに……)

痛みとは別の意味で、心臓が落ち着かない。
医者として、けが人を放っておきたくないだけなのかもしれない。だけど、悠醐の声や、手つきや、眼差しが、全部甘い。
ほどなくして戻ってきた悠醐は、無駄のない手つきで患部を確認し、氷と軟膏を使って処置を始めた。

「悠醐さん、ごめんなさい。コーヒー淹れそびれてしまって」

ぽつりと、一葉の残念そうな響きを持った言葉が落ちた。
同居して、初めて一緒に過ごすひとときになるはずだった。
それが自分の不注意で台無しにしただけでなく、彼に大迷惑をかける事態になってしまった。

すると手当を続けながら、悠醐がふっと小さく笑った。

「そんなの、いつだってできるだろ。俺たちは夫婦なんだから」
「え……?」


一葉が思わず声を漏らすと、悠醐ははっとしたようにすぐに視線を逸らした。

「今はとにかく、足のことだけ考えろ」
「は、はい……」

そう答えながらも、胸の奥が静かにざわめく。

(夫婦、なんだから……?)

形式上はそうだ。だが、本来は利害で結ばれた関係に過ぎない。それを、あんなにも自然に言い切られたことに、戸惑いが残る。

(どういう意味? 悠醐さん)

悠醐はすでに何事もなかったかのように処置を続けている。だが、先ほどの一言だけが、心の奥で甘く疼き続けていた。