孤高の心臓外科医は、憎しみの元恋人を熱情で囲い込む


避ける間もなく、真っ逆さまにケトルが足元に落ちてきた。一瞬遅れ、鋭い痛みが手の甲に走る。

「……っ、あ……つ!」

遅れて、鋭い痛みが走った。じん、と焼けつくような感覚が広がり、息が詰まる。

(痛い……やけど、しちゃった……)

視界が滲む。足元に力が入らず、その場に崩れそうになった、そのとき――ぐっと腕を引かれた。

「動くな」

耳元で、低く強い声が落ちる。
気づけば背後に悠醐がいて、一葉の腰を支えていた。迷いのない手つきで引き寄せられ、身体が大きく傾ぐ。

「わっ……悠醐、さん……!」
「じっとしてろ!」

叱るような声音に、びくりと肩が跳ねる。
次の瞬間、視界がふっと浮いた。宙に、持ち上げられている。
悠醐が一葉を横抱きにしたまま、ためらいなく歩き出していた。彼が足早に向かった先は、浴室だった。

「つぅ……っ」

扉を開いた悠醐は一葉を椅子に下ろすと、シャワーのレバーを操作し、勢いよく放たれた水を、焼けた箇所に当てた。

「っ……!」

冷水が激しく打つ。
冷たすぎる感触だが、じんじんとした痛みが少しだけ和らいだ気がした。
悠醐は濡れることも構わず、至近距離でシャワーを当て続けていた。
上半身はすでに水しぶきで濡れているのに、そんなことには一切頓着していない。
傷口を見るその真剣な横顔に、胸の奥がきゅっと締めつけられる。

(こんなに、必死に……)

痛みに耐えるようにして拳を握りながら、一葉はかろうじて口を開く。

「ご、ごめんなさい……悠醐さん……こんなこと、させて……」

痛みから声が震え、うまく息が続かない。
すると悠醐は勢いよく顔を上げる。

「今は喋るな。冷やすのが先だ」

短く鋭い声で、ぴたりと言葉を遮った。

「ご、ごめんなさ」
「君は何も考えず、俺に任せてろ。変に動くと状態を悪化させる」

その言い方はどこまでも冷静で、力強い。
けれど足を包んでくれるその大きな手だけは、驚くほど優しい。

(悠醐さん……ありがとう……)