その日の夜、一葉が仕事を終えて帰宅すると、部屋は静まり返っていた。
(いないかな)
医者は当直明けは正午くらいまで仕事をして、そのまま休みになることが多い。
すでに半日が経っており、帰宅してから外に出ているか、あるいは寝室で眠っぱなしになってるのかもしれない。
落ち着かない気持ちで靴を脱ぎ、リビングへ足を踏み入れると、わずかな物音が響いた。
はっとしてソファに視線を向けると、そこには悠醐がいた。
愛用の眼鏡をかけ、部屋着に無造作に下りた髪から、ぼんやりとた切れ長の瞳が覗いた。気だるそうな動きで上体を起こし、テーブルに置かれたマグカップへ手を伸ばす。
(起きたばかり……?)
昼間、院内で見かけたときとはまた違う、どこか隙のある姿。
一葉の鼓動が少しだけ速くなった。
「……おかえり」
「ただいまです。起こしてしまいましたか?」
「いや。さっき起きた」
短い会話だが、不思議と気まずさがない。少し前じゃ、考えられない状況だ。
ふと一葉は、彼の手元にあるものに気づく。
悠醐の手元には、あのときの本。
次の瞬間、悠醐はパタン、と音を立てて本を閉じた。そのまま立ち上がり、一葉の前まで来ると、はい、と差し出した。
「これ、この前君がタイトルを知りたがっていた本だ。面白かったから、読むか?」
「え……」
戸惑いながら一葉は悠醐を見る。
彼は何気ない様子で不思議そうに首を傾げる。
(どうして、急に?)

