孤高の心臓外科医は、憎しみの元恋人を熱情で囲い込む


「お待たせいたしました。こちらの診察券、お預かりいたしますね」

いつも通りの朝。一葉はカウンター越しに、差し出された診察券を両手で受け取る。
自然と浮かんだ笑みに、目の前の老婆がふっと目元を緩めた。

「あなた、とってもいい笑顔ね」

「えっ……そうですか?」
医療事務で働き始めて、もう丸三年。患者に安心してもらえるよう心がけてきたつもりではいたが、こうして面と向かって褒められるのは、どこかくすぐったい。

恐縮する一葉に、老婆はさらにいたずらっぽく笑いかける。

「あなた、恋してるんじゃないの?」
「へっ!」
「図星ね」

思わず声が裏返る。自分でもわかるほど、頬が熱を帯びていく。
老いた眼差しは、思いのほか本質を見抜く。長い年月を重ねた者の洞察力に、軽く見透かされたような気がしてならない。
ふと視界の端に、見慣れた白がよぎる。

(あ……悠醐さん!)

思わず息を呑んだ。
オペ着姿のまま、無造作に下ろした髪。
手には紙コップのコーヒーが握られ、昨日は当直だったからか、そのまま上がりなのだろう。その気だるげな姿が、妙に色っぽく感じた。

(お疲れ様、悠醐さん)

胸の奥でそっと呟いた、そのとき。

「あ……」

ふいに、彼がこちらを見た。周囲を軽く見渡すような視線が、ぴたりと一葉に止まり、一瞬、呼吸が止まる。
(目が、合った)

悠醐はほんのわずかに口元を緩めると、それだけで十分だと言わんばかりに、すぐに視線を逸らした。
たったそれだけのやり取りなのに、胸の奥がきゅっと締めつけられる。驚きと、戸惑いと、それ以上に――どうしようもなく嬉しい感情が、一気に押し寄せてくる。
今までは、院内ですれ違っても目が合うことすらなかった。もちろん、言葉を交わすことも。
けれど唇を重ねたあの日から、ほんの少しずつだが、一葉は彼との距離が変わり始めている気がしてならない。

(悠醐さんと、もっと話したいな)