孤高の心臓外科医は、憎しみの元恋人を熱情で囲い込む


(どうして悠醐さんは、この話が一番好きなんだろう)

容姿も整っていて、教養もある。何もかも手に入れているように見える彼が、いったい、何を足りないと感じているのだろう。
気になって仕方がない一葉は、彼が言っていた水曜日の十六時ごろ、再び図書室を訪れた。

「まさか、本当に来てくれるとはな」

一葉の手にある短編集に視線を落とし、彼はかすかに笑った。
その手には、分厚い本が一冊、無造作に握られている。

「読みました。どれも好きだったんですけど……私も、〝退屈な話〟が一番、心に響きました」
緊張から少しだけ声が固くなった一葉に、悠醐は微笑んだ。

「なんでだろう。君なら、わかってくれる気がした」

予想もしていなかった言葉に、胸が大きく跳ねた。同時に、仲間だと言ってくれているようで、胸が熱くなる。

(悠醐さんとわたし、似てるのかな……)

気づけば、ふたりは自然と隣り合うようにして、近くのソファに腰を下ろしていた。
それから、不思議と会話が途切れなかった。
本の話や、その登場人物のこと。どうしてその一節が好きなのか……。
はたから見たら、本好きのオタクめいた会話たち。
でも、楽しかった。共感して胸が熱くなったり、無性におかしくて笑えたり、悲しくなったり。
一葉と同様、悠醐もいろんな表情を見せてくれた。
クールな人なのかと思っていたが、一葉の話に興味を持って耳を傾けている様子だった。バスで初めて会ったときも感じたが、彼は人に対して誠実に接するタイプのようだった。

(楽しい。こうやって、わくわくするの、いつぶり?)

友人と過ごす時間も決して嫌いではない。だが心が弾んで、もっともっとと、話がしたくなるのは初めての経験だ。
ふたりはひとしきり話した後、連絡先を交換して別れた。
彼がなぜ〝退屈な話〟を好んでいるのか、その日聞くことはできなかった。
けれど、一葉はなんとなく気づいていた。
彼の言葉の端々に滲むもの。
自分と同じような〝深い孤独〟があるのだと……。

一葉と悠醐は、しばらく図書室で会うだけの関係を続けていた。
やがて学校の外でも食事をするようになり、気づけば休日に一緒に出かけることも増えていく。けれど悠醐は一葉に対して決して踏み込みすぎない距離を保ち続けていた。
あくまで〝友人〟。不自然なほど意識しているようにも見えるときもあり、一葉の胸が切なく疼いたり、ときにもどかしさを感じるようになった。