孤高の心臓外科医は、憎しみの元恋人を熱情で囲い込む


「もう少し、お塩、足そうかな……」

一葉はお玉を手に、広々としたダイニングキッチンで独り言ちる。
すぐ近くでお湯が沸騰していた。

視線を落としたテーブルの上には、A4ノートで作った自作のレシピ本。端はぼろぼろに寄れていて、正直汚らしい。
だがこのレシピ本には、以前悠醐と交際しているときに作った料理が載っている。
一葉が開いている見開きに『茄子と生姜のみそ汁』の作り方が細かく書いてある。

これは悠醐が最も気に入っていた味だった。

(でも、なんだか違う)

味がしっくりこない。レシピ通り作っているはずなのに、これだ。と納得ができないのだ。塩を足しても、みりんを足しても、何かが足りない。

かちり、と火を消すとみそ汁の湯気が立ち込めた。
部屋の掛け時計を見るとすでに夜の九時を回っている。

(悠醐さん、今日も遅いのかな……)

かれこれ同居を始めてから一か月が経とうとしているが、これまで一度も悠醐と食卓を囲んだことがない。
冷蔵庫を開けると、家政婦さんが悠醐の分の作り置きしてくれた手つかずのままの保存容器が並んでいる。

その隣に、コンビニのサンドイッチの袋や、開封されていない栄養ドリンクが無造作に置かれていた。
きっと、まともに食事を取る時間もないのだろう。

病院では常に人の命と向き合っている。予定通りに終わる日なんてほとんどなく、急患が入れば食事どころではない。
短い休憩の合間に、片手で食べられるものを流し込むように口にするのは、病院の事務員の視点からしても、安易に想像できた。

(でも一度くらい、一緒に食べてみたいな)