はっきり言い切った悠醐に、院長も女性も固まっていた。だがふいに院長が声を上げて笑い出した。その異質な空気に、一葉は内心恐縮する。
「悠醐くん、君は本当に面白い……なんとも、趣味の悪いお遊びをするものだね」
(え……?)
あまりにも不躾な言葉に、一葉は言葉を失う。いつも冷静沈着な悠醐も、今の言葉にはかすかに眉を寄せた。
「お遊びなんかじゃありませんよ」
「篠宮の娘と結婚するなんて……君は本当に考えることが面白い」
院長は笑いながらそう告げると、ふいに一葉に強い視線を向けた。
「せいぜい幸せになるといい」
その冷たい声色に、一葉は息を詰める。
(わたしを篠宮の娘、と言った)
どうやら院長は、一葉がもともと大企業の篠宮医療機器メーカーの娘だというのを知っているらしい。父のよからぬ噂を耳に挟んであんな言い方をするのだろうか?
だが、だからといって、ここまで蔑まれる筋合いはない。他に、何か理由があるのだろうか。
「ええ、一葉は私が幸せにしますよ」
そう言って悠醐はこちらを振り返る。だが彼の瞳の奥に、光はない。
「くだらない茶番ね」
悠醐と一葉に流れる沈黙を打ち消すように、女性は言い放つ。
「悠醐さんもそんな貧乏くさい女を選ぶなんて、趣味が悪いわ」
そう冷たく言い放つと、勢いよく扉を閉めて院長室を出て行ってしまった。
凍り付いた空気をどうすることもできないまま、一葉も悠醐とともに部屋を出たのだった。
悠醐は何も言わず、持ち場である心科に行ってしまう。取り残された一葉は、自分の足でまだ慣れない新居へと帰路に着いた。
(ようやく終わった。嘘で固められた、空っぽで長い一日が)

