彼が本を数冊上に抱え込んで立っている。
いつ見ても涼やかな姿だ。相変わらず瞳も、透き通るように美しい。
同じ大学だというのは分かっていたが、日々一万人も通学しているこの大学で再会するなどと、奇跡に近い。
「君、英文学が好きなの?」
伏し目がちに本棚を見た彼が、一葉より口を開いた。
「は、はい。英語を専攻していて、最近ハマって呼んでいます」
「なるほど。だからこの前、ドストエフスキーなんて読んでいたんだ」
「えっ、知ってるんですか⁉」
彼は含み笑いを浮かべて、こちらに視線を戻す。
あのとき、彼は一葉が手に持っていた本を見ていたようだ。
一葉は彼に圧倒されてまったく気づいていなかった。
「ドストエフスキーなんてマニアックな作家、知ってるんですね……」
「俺は変わり者だからな」
そういった彼の眼差しは、ほんの少しだけ温度が高い。
自分と同様、親近感を持ったような温かな空気が流れた。
だが同時に、こんなに爽やかな彼がドストエフスキーのような、重たい曇り空みたいな文学が好きだとは驚きだ。
彼は再び視線を本棚に戻す。
「そのチェーホフもいいよな。俺は特に〝退屈な話〟が好きなんだが。君は?」
「私は彼の話はまだ読んだことがなくて。面白いなら読んでみようかな……」
迷っている一葉を見て、彼はチェーホフのコーナーから一冊の本を取り、彼女に向かって差し出した。
「きっとドストエフスキーが好きなら大丈夫だろう。この本は比較的読みやすい短編集になっているから、よかったら見てみて」
やけに詳しい彼の横顔を、一葉は思わずじっと見つめた。
「あの、あなたも外国語専攻? それとも文学部……?」
「いいや、全然」
彼はそう言って、お目当ての本を見つけたのかしゃがみこんでぺらぺらと本をめくり始めた。
「俺は医学部だ」
「えっ、うそでしょ?」
医学部で、ここまでマニアックな本を知っている人いる⁉
(同じ学部でも、原文を読むなんて人少ないのに)
だがこの東敬一芸大学は、全国でトップの偏差値を誇る。特に医学部は天才しか入れないと言われるほど、超難関だ。
英文学は彼にとって、天才のあくなき好奇心のひとつでしかないのかもしれない。
すると彼は、ふっと含み笑いを浮かべて一葉の方を振り返る。
「暇で家にある本を読んでいたんだ。父がアメリカで長らく仕事をしていて、自然とな」

