孤高の心臓外科医は、憎しみの元恋人を熱情で囲い込む



(え? 今、なんて……)
理解が追い付かず、一葉は困惑した表情で悠醐を見つめる。彼は表情ひとつ変えていない。

「聞こえなかったか。俺と結婚してくれと言った」
「結婚って、意味がわからな……」

憎む存在である自分との結婚を希望する理由が、まったく見当たらない。
何も言葉を返せない一葉に、悠醐は再会から一度も見せていなかった笑みを彼女に向けた。

「安心しろ。夫婦なんて形だけだ。俺は、面倒な結婚から逃れるために、君と結婚がしたいだけ」
「ど、どういうこと……?」

一葉が困惑した頭で尋ねると、悠醐は冷たい表情を崩さぬまま淡々と説明を始めた。

「院長の娘との縁談の話が持ち上がっている」

短く告げられたその言葉に、一葉は息を呑んだ。

「この病院は上の意向が絶対だ。人事も昇進も例外はない。俺は次のポストに据えられる予定らしいが、その条件として院長の娘との結婚が提示されている」

間を置かず、彼は続ける。

「断ればどうなるかは分かるだろう。配置を外されるか、居場所を失うか……いずれにしても、今の立場は維持できない」
逃げ場のない言い方に、一葉の息までも詰まる。

「だから既婚という事実が必要になる。それだけで、この話は成立しなくなる」
ようやく意味を理解し、一葉はかすれた声を上げた。

「……そのために、私と?」

理解しがたいが、目の前の彼の様子からして嘘はないだろう。
すると悠醐は表情を変えないまま答えた。

「ああ。他に適任がいない。君なら事情を理解しているし、余計な期待もしない」